2021年1月14日木曜日

飯盛山の「うどん屋」。肉ウドンがウマかった。今日の昼食「肉うどん」

「飯(いい)盛(もり)山」。
本当に、ご飯を盛ったような山。
むかしの人は、いい名前を付けたね。
真ん中に、一本の区切り。
多分、頂上に、電気柱が有るみたい。
徒歩の時代は、両脇に、旧街道。
この道は、長崎から、温泉街へ。
いまは、トンネルがあって便利。
中古の白い軽を運転して、よく走る。
山を見る度に、こころが癒された。
トンネルを出た場所に、1軒の家。
「山の里・うどん」屋さん。これだ。
豪華な看板に釣られて、よく食べた。
店には客が多く、繁盛していた。
いつも「肉うどん」を注文する。
これが又、ウマイんだな。
運転の疲れを癒す「ウドン」だった。
コロナの時代、店は、今も有りや。
一杯のウドンだが、ありがたい。
こんな風情の有る店は、残したい。
★今日の昼食に、「肉うどん」。
ススリながら、ハラの具合も考える。
ハラが安定しないと、気持ちがブレる。
何とか、誕生日までは、頑張ろう。
ミサで祈り、入浴もする。
神の声は、聞こえるか。
こころの耳を、そばてて、沈黙。
神に、命のつながりを、感じるか。
老いて、欠けた所もあれば、幸もある。
希望と、気力だけは、失うな。
肉うどん、最後の汁まで飲み干した。

2021年1月13日水曜日

早速、ホームの園医のお医者さんに、診てもらう。胃カメラの結果は?

オナカか、胃か、調子が出ない。
ホーム園のお医者さん。週2の診察。
近くで、医院を開業している。
お父さん医師からの歴史がある。
ホームの看護師さんに、昨夜、「オナカ、なぜか、苦しか、ばい」と、申告。
すぐ、お医者さんに電話をかける。
「明日の9時、来なさい」と即決。
高原修道士さんの運転で、医院へ。
痛かところは、すぐに癒せば、いい。
安心するじゃ、ないですか。
★ホームで常に診てもらっている。
診察を受ける。血液の採取。
腹部を、エコーで調べる。
いよいよ、胃カメラへ。
60代、70代は、度々実施した。
大腸のポーリも何度か取った。
80代に入ってからは、縁が遠い。
液を口に含み、5分間、アタマを上向き。
ノドの奥が、しびれて来た。
「それでは始めますよ」とお医者さん。
これも、我が身、人生の内か。
★「ツバを呑みこんで」
その時、カメラのゴム管が食道を通過。
胃の中を、カメラが動く。
丹念に、丹念に、胃の内部を探る。
「落ち着け」と自らを諭す。
★終了。ああ、よかった。ホッと一息。
映像を見せながら、「慢性胃炎で、胃が委縮。胃の内部はキレイ。1部に腫れが見られる。詳しくはCT検査で。食事は、普通に食べてよい。食欲が出るよう、漢方薬を処方します」
いつまで命をつなげるか、祈るのみ。


2021年1月12日火曜日

どう、ね。カラダの調子は?ウーン、なぜか、いま、イチ。気力が出ない

いつも通るホームの廊下。
普段は、音もなく、静か。
時折、近くの部屋、数人が集う。
憩いの場。おしゃべりの場。
片隅に、イヌたちの小物。
なんだか、イヌの目も寂しそう。
「まだお前たちは、老犬じゃ、ない」
希望が、あるぞ。可能性が、あるぞ。
ホームに生きる我々は、どうか。
過去の楽しい思い出で、息をつなぐ。
今日の一日に、感謝しよう。
★鼻の下の痛み、歯茎の「ふくらみ」が破れて、口と、両方の鼻穴が、血が出た。今朝は、痛みは取れた。来週、歯のお医者さんへの予約が有るから、それまで辛抱しよう。
★最近は、なんとなく、調子が出ない。胃の周辺が、モヤ、モヤっとし、「ツメル」感じで、痛む。食欲がない。昼間なのに、眠気がくる。ボーッと、している自分に、「ダメや」と、ハッと気を取り直す。
★老いは、心身の不安定な状態から、始まるのか。

2021年1月11日月曜日

平穏に、生きたい。願いは、それ。カラダの一部が痛むと、気力が抜ける


 ★成人の日。老いた善男・善女の集まるホームには、あまり関係が薄いが、それでも若者たちの幸せを願う。2、3日前から、鼻の下あたりを抑えると、痛い。唇をめくると、歯茎がはれあがっている。食事のとき、口の中が痛む。看護師さんに相談する。「栄養士さんに、やわらかい食事を頼んでおきましょう」
★今日の献立。鏡開き。田舎ぜんざい。焼きうどん。楽しみにしていた。
痛みを心配しての、食事。
デカイ餅は、小さく切られている。
アズキも、すくなめ。焼きウドンの代わりに、ソーメン。食べやすい。
★老いの身体に、どこか痛む所が出ると、なにやら気持ちが騒がしくなる。平穏に過ごしたい願いが、ほころびが出て、悩む。人間の弱さだね。色々な不自由に耐えながら、与えられた命を大事に生きるしか、ない。

2021年1月10日日曜日

温泉宿「富士屋」さんから宅急便が届く。宿に通った思い出、懐かし

先日、逝かれた入江さんの思い出。
温泉宿にドライブした写真を載せた。
宿のご主人も一緒に写る。
宿の「おかみさん」から宅急便が届く。
「父の写真を見て驚き、懐かしい」
「おかみさん」の温かい、おこころ。
地元のお菓子が沢山入っていた。
今日は、またご主人を載せて、回想する。長崎から車で1時間。島原半島の温泉場。年に10回ぐらい、保養に行った宿。なごみのやど「富士屋」さん。
★海辺の温泉場だから、サシミだね。
トマの好物は、牛肉の天ぷら。
母親の思い出が、つまっている。
やがて、牛肉の天ぷら、食卓を飾る。
「富士屋」さんで、やる気が、出る。
温泉宿の保養は、楽しみだった。
当時、旅館は、1人旅を好まない。
富士屋さんは、「いいですよ」
快く、受け入れてくれた。
それが、長いご縁となる。
★家族的な宿、富士屋さん。
ホーム訪問の天草の夫妻に勧める。
「帰りは、富士屋さんに泊まりなさい」
「いい、宿だった」と好評。
聞けば、こっちも嬉しくなる。
何十回となく通った温泉宿が懐かしい。
塩湯で、温度は105度。高温。
からだ、温まる。血流も、よし。
疲れた心身、保養の宿だった。
いつも2泊3日の宿だった。
★中、1日は、自由の時間。
軽を運転して、島原城か、雲仙へ。
時には天草の夫妻を訪ねた。
天草灘のフェリーに、軽ごと乗る。
天草の教会も訪ねる。
海沿いの細い道を、ゆっくり運転。
世の中、嬉し、楽し、あるモンだ。
★富士屋の「おかみさん」。宅急便は、ありがとう。コロナで、いまは苦境でしょう。
また、もとの繁盛を、祈ります。
★仲間を連れて、富士屋さんで、楽しい夜会を過ごした思い出もある。皆、本当に喜んだ。もう10年前になるかな。

2021年1月9日土曜日

ホームの初雪。新年会に、誕生会。恒例の獅子舞。長生きは、楽し、嬉し

ホームの初雪。
3センチ程、積もったかな。
寒波の日々に、苦労する。
年寄りは、ね。
骨身に、こたえる。
雪国の人たちは、大変だろう。
ホームの雪は、昼には溶けた。
「ああ、純白の、風景よ」
子どもの頃が、なつかしい。
三十何センチ、積もった思い出。
温暖化の、せいなのか。
★今日の昼食は、新年会。誕生会。
おきまりの「獅子舞」が出て来た。
園長神父さんを、ガブリ。
「オイ、オイ、まて、まて」
アクマも怖い。鬼も怖い。
得体の知れない獅子も怖い。
「わるい事は、しとらんぞ」
音楽に合わせて、獅子は舞う。
「早く、コロナ、収束を」
「誕生会の皆さん、おめでとう」
8人が、1月の生まれでした。
★西山神父さんは、元日生まれ。
一番最初に、お花と灯りと、オミヤゲ。
食卓は、3つに別れた。
牛肉部門。豚肉部門。お魚部門。
トマは、牛肉のすき焼き。
食事が終われば、例の歌ひろう。
鼻にクダを入れた96歳の女性。
声たからかに、「♫男の浪花節」
間を於き、首を曲げ、歌う姿。
「コウサンだよ」
皆さん、いつまでもお達者で。

2021年1月8日金曜日

コルベ神父の誕生日。名前は「ライムンド」。愛と命とマリアに生きる

 今日は、コルベ神父の誕生日です。
ポーランド。この家で生まれた。
1894年、明治27年。トマが、家の写真を写した。(生誕から77年が経過した1971年10月)。生誕の部屋には1組の夫妻。初めて日本人を見て、おどろいた。
★今朝のミサ。司祭が「生まれる前に失った命。生まれても虐待、暴力で失った命のために祈りましょう」と告げた。「コルベ」は「命」につながる。
★聖コルベ生誕110周年のお祝いに、トマ修道士は、日本から25人の巡礼者を連れて、祝賀会、ミサ、お祝いに参加した。
生家は、教会の所有、記念館となった。
地元の皆さんと交流して、親ぼくを深め、着物姿で、踊りや、尺八の音色を披露した。楽しい思い出をつくる。
トマ修道士にとっては、10回目のポーランド。この旅が最後になった。
コルベ神父は、47歳で殉教した。
★殉教した「餓死の地下室」。
現在の場所は、レリーフや、ローソクのススで、黒く変化している。
収容所の女性案内者は、本当はここが同じ部屋と教えた。
「こんな部屋でー」。胸が痛む。
右の端にあるのは「トイレ」だよ。餓死室に10人が居て、どんな役割を果たしたか、考えると、もう胸が耐え難いほど痛む。想像を絶する。
★なぜ、そんなにコルベ神父に、こだわるのか? 
今の世の中、汚れと、ウソ、偽りに、まみれても、コルベ神父のように、真実、「愛と命」に貫いた人がいる。
どんな逆境でも、「生きよう」と希望を持つ人が居る。我々に、希望と、愛を、人の進む道を教える人じゃないですか。
★その原動力は「マリアへ完全な奉献」と「イエスの如く生きる」信念にあった。この暗い地下室で、飲まない、食べない。1滴の水も与えられず、「はだか」で、「我、かわく」の状態で、神の生命に抱かれた。イエスに似た、生涯だった。
★今朝の司祭の言葉を思い出す。「生まれずに、消えた命」「生まれても、虐待、育児放棄で、失われた命」。かわいそう。