2020年12月31日木曜日

2020年、最後の日に何を思う?支えられた恵み、生き延びた喜び嬉し

令和2年、最後の日になりました。
日記を毎日、読んでくださった皆さん、有り難う。
今年は、本当に、大変な年になりました。新型コロナの発生と、感染拡大で、連日、不安な日を過ごしました。
まあ、こうして元気で、立っておられるのも、大きなチカラが支えて下さっているのを感じます。
今日、精いっぱい、生きよう。その積み重ねが、今に至る。
コロナの影響で、ホームの面会も禁じられて、訪問者が少なかったのが寂しいでした。
日記の読者の皆さんから、マスク、精製水、お菓子など沢山のご支援を頂きました。全く知らない人から届く宅急便やお便りは、大きな励みになります。日記も、600人前後の人たちが、国内、海外で、読んでくださっています。トマが入院すると、数字が上がるんですね。
★今年の3つのよろこびは、なんだろう。
やっぱり、第一は、NHKの全国放送『こころの時代』に出たことです。3回も放送された。午前5時。次は午後2時15分。その後、長崎地方だけ午後7時30分からの、朝、昼、夜の時間帯でした。影響力も凄かった。喜んでいます。
★戦争中、ナチの強制収容所で、コルベ神父から命を助けられた男性に、1983年、ポーランドで初めて会って、証言を録音しました。証言を日本語に完訳するのが、トマの念願でした。今年は、この願いが完成したのは、将来を見据えての大きな喜びでした。貴重な資料になる。
★次は、皮ふガンです。丁度、背中の、手が届く所に出来た。早めに切除したのが喜びとなる。
★電話で、ある女性が言った。「トマさんは、修道士で、良かったよ。司祭(神父)になっていたら、今までのような仕事は出来なかった。修道士だったから、ポーランドへ10回も行けたし、日本二十六聖人の映画もやったし、オラショの旅もした。修道士だから、親しみがあるのよ」。嬉しい事を言うじゃないですか。トマの言うこと、あまり本気にするなよ。君(あなた)の肩と、トマの肩は、高さが一緒だよ。
★あしたは、初日の出が見れるかな。よいお年を迎えてください。祈ります。
★「愛は、なぜを、問わない」(聖ヨハネ・パウロ二世教皇のことば)

2020年12月30日水曜日

先月、面会の継承女性が、入り込んできた。手をつかんでくれ。その願い

長崎平和推進協会、継承課に勤める女性職員さんが、ホームに面会に来たのは、先月の半ば頃だった。女性は、アメリカの大学で学んで、その後、一時期、アフリカや、紛争地区で、奉仕体験の経歴がある。
今年、東京で、洗礼を受けた。長崎に呼ばれて、平和推進協会で働いている。
自分の体験から、小崎さんの体験に重なる理解を感じると言う。「小崎さんの原爆体験の継承者になりたいです」と、ふところに飛び込んでくる意欲を見せた。
★12月に入って、突然、スマホとその付属品、それに解説の手順を送ってくれた。スマホも、普通、ホームの職員が手にするスマホより、デカい。トマが使っているのは、ガラケイだよ。生活の中で、電話で受け答えが出来れば、それで十分。スマホは全く使っていなかった。それだけ老いぼれということです。
送られてきたスマホで、継承の女性と相対じして、会話ができるようになった。便利だね。
★ある日、継承女性から、スマホに会話が入った。「近い日、外海へ行きます。小崎さんのお母さんのお墓参りをします」「えー、墓参り、してくれるの?」「ハイ、しますよ」「外海に行ったら、ぜひ山崎政行さんのお宅を訪ねなさい」。昨日、山崎さんのお宅から、スマホが入った。
山崎さんと、顔を見ながら、会話が出来る。最近の状況など聞いた。山崎宅は、外海キリシタン映像の資料館だ。山崎さんの行動に歴史がある。継承の女性も満足の様子だった。
間を於いて、今度は墓地からスマホが入った。墓の様子が映る。「眺めが、いい場所に、お墓がありますね」。スマホは、海の方向、こんもりした山(城=じょう)を捕らえた。黒崎集落も映る。継承の女性に感謝した。
★2021年は、この継承女性職員さんと、何かが起こりそうな予感がする。17歳というヤンチャな年齢の少年が、何を見たのか、何を感じたのか、現在、戦争を知らない世代が多くなった今、その体験は貴重な価値となる。ヒバクシャは嫌遠された時代もあった。それが今は、追っかけられる。その被爆者も歳を重ねて、次々と消えて行く。
★戦争は、2度と起こしたくない。核兵器は、絶対に使用してはならぬ。原爆体験の恐ろしさ、実態と被害を、誰が、これから伝えて行くのか。大きな課題が残っている。戦争、起こすな。核兵器、使うな。その叫びを、つなぎたい。手を伸ばしているよ。その手をつかんでくれ。願いは、それ。

2020年12月29日火曜日

ホームの「餅つき」ペッタンコの音なし。モチを食べて生きる、ほほ笑み

ホームの食堂での「餅つき」。
調理場で、ふかしたコメを、ごらんの小さな器具に入れる。フタをして、くる、くる、回す。昭和ひとケタ生まれは、見ていて悲しくなるよ。「餅つき」の、ペッタンコの音は、どこへ行った?
昭和、平成、令和と生きて、ソロバンから、スマホに変わって、自分の気持ちさえも変わって行くのかなァ。
この風景には、夢がないよ。
「正月が来るぞ」の希望が湧かないよ。
★「モチを丸めに来て下さい」とアナウンスがあった。6、7人が集まった。老人ホームでは、職員さんは、各人に、モチを食べさせるのを、心配する。栄養士さんが前もって、「モチ、食べれますか」と聞いて回る。
★安心して、モチを食べれる入居者は、限られた人数。その人たちは、幸いだね。ホームの食卓は3組に分かれている。1組は介護が必要。2組は半分介護。3組が普通。モチが食べれるのは3組です。餅つき後、正月は近くに来る。
★昼食と、夕食に、「アンコ入りのモチ」が、1個づつ出ました。1個、食べれば、この笑顔になる。ニンゲンって、単純なモンよ。「幸せや、なあ。長生きして、よかったよ」。モチを食べれば、利口になるさ。
★今年1年、出会った人の顔が浮かんでくる。贈り物や、手紙をくれた人も思い出す。日記を読んでくれる人たちも、有り難い。支えられて、ここまで来た。こうなったら「生きる事」に執着するね。あと2か月経ったら、93歳だよ。
★「長生きは、恵み」が、ズシン、ズシンと、肩に伸し掛かってくる。生まれて、育って、働いて、病気がちだったのに、この歳まで生かされた。今年は、トマにとっては良い年だった。そして1個のモチに有りついた。このモチは、単なるモチじゃない。恵みを戴いているわけです。「ありがとう」「うれしいよ」「生かされているよ」。皆さんに向かって、そう感謝したい。モチを、かめば、人生を、かむ思いがする。

2020年12月28日月曜日

新・管区長・谷崎神父さんと語る。寂しい気持ち、「日記」で恵みとなる

ホームの玄関に作られた「馬小屋」。
なんか、今年は、ちょっと、寂しい感じ。入居者も、年々、歳を重ねて、身動きが大変になって来ています。
このホームの経営母体は、トマたちの修道会です。正式には「コンベンツアル聖フランシスコ修道会」といいます。歴代の園長も、現・園長も、修道会の司祭(神父)が勤めており、事務長などは修道士が勤務した時もあった。修道会の修道者たちも、何人も入居して、介護のお世話になり、見送った。
★この秋、修道会・日本管区の「管区長」が交代しました。湯江修道院とホームの入居・修道者を訪問に来られる。
お名前は、ルカ・谷崎新一郎神父さん(49歳)です。
湯江修道院に司祭2人・修道士2人が居り、ホームに司祭3人、トマ修道士がいる。1人づつ、1対1で、ゆっくりと話しました。管区長神父さんは、聞くだけです。
トマも話しました。まる6年が過ぎて、7年目を迎える。入居当時は、修道会から切り離された気持ちで、寂しかった。落ち込んだ。
★だが、いま、振り返ってみると、毎日、「登明日記」を書いているお陰で、毎年、出会いや、交流や、語り部のチャンス、新聞に出たり、テレビに「91歳、日記を書いて10年」が出たり、今年は、NHKのテレビ・全国放送の「こころの時代」に出演するなど、年ごとにお恵みがあって、気持ち的にも落ち着いて暮らしています、と報告をしました。
★ごらんの通り、谷崎新一郎管区長さんは、若さ溢れる明るいお顔で、聞いてくれた。管区長さんの語り口は、ゆっくり、優しく、微笑みが、こちらへ伝わる。その雰囲気から、修道会につながれている安心感と、兄弟性を感じました。任期は、4年間です。来年の1月に、管区会議が行なわれて、任地や、任務が、決まるでしょう。ホームに居る私たちは、変わらないでしょう。自分に課せられた課題は、「どのように枯れて行くのか」「神に近づいて行くのか」。人生、最後の時間となる。
★日本管区の修道院は、東京に4か所。愛知に2か所。兵庫に1か所。長崎に4か所。奄美大島に1か所。沖縄に3か所あります。それぞれの場所で、60人の修道者が、教会、幼稚園、小・中・高校、養護施設、養老施設などで宣教活動を行なっています。
★修道会の本部は、ローマですが、有名な修道院に、アシジの聖フランシスコ修道院がある。ここには聖フランシスコの遺体を守っている。ポーランドの二エポカラヌフ修道院も有名でしょう。長崎の聖母の騎士修道院も親しみがある。
★新・管区長さんに出会って、ゲンキがでました。引退したが、小さく呼吸しているボクが居る。かすむ目で、世をみつめ、遠くなった耳で、天の声を聞こうとしているボクが居る。生かされているのが、喜びです。

2020年12月27日日曜日

小さな出会いでも、ふくらんで、今に「つながる」。新たなチカラを生む

ホームの湯江教会の祭壇に飾られた生け花です。降誕祭も過ぎて、今日は「聖家族」を祝いました。イエス、マリア、ヨゼフの聖なる家族です。
今日は、1枚の写真を見つけました。その思い出を語りましょう。聖コルベ館に勤めていた時、ちょうど10年前の秋でした。北海道から、1人旅の女性が、聖母の騎士へ巡礼に来た。ルルドへ登ると、どこからともなくネコちゃんが、先導して案内した。ネコちゃんの名前は「ライモンド」だね。
ルルドで祈ると、ライモンド君は女性のヒザの上に座って、ジーッとしていた。
聖コルベ館に戻って来た女性。ちょうど天気は良し、夕方でもある。長崎の海に落ちる夕陽が美しいはず。「神の島へ行きなさい」。ガイドに、自著の「長崎オラショの旅、買いなさい」と勧めた。
北海道の都市の名前は聞いたが、女性の名前は聞かなかった。送り出した後、風景はどう
だったのか、少々気になった。
★数日後の日曜日。聞いた都市の教会へ電話した。「誰か、ミサ後に、長崎へ行ったという女性は、居りませんか?」「ええ、居りましたよ」「夕陽は、どうだったか、知りたいのです。良かったら女性に連絡を」と頼んだ。電話が、かかる。「今、ロザリオの最中です。後で、ね」
★その日の、夕食の後、女性から電話が、かかる。「それは、それはのカンゲキでした。ドンク岩のマリア像(4m)の足元に、30分は居りました。向こうの島に夕陽が沈んで、太陽の光が、海にキラキラ手前に伸びて、ちょうどマリアさまの所に達するのです。その感動、ああ、長崎まで来て良かった。小崎さんのサインも頂いた。『試練は喜びに変わる』希望を持って、歩んで行きます。ありがとう、と感謝の言葉を受け取った。
★それから2年後の12月、2度目に聖コルベ館へ来た。再会の喜びを果たした。「ランモンドに会った?」と聞くと、「残念、会わなかった。これ、おみやげ」と、ネコ用のスナック菓子を残して別れた。「登明日記」に、時折、コメントを寄せている「マリア・フランチェスカさん」が、その人です。
トマには、家族は居ない。修道者の仲間が、家族であり、出会って、ご縁がつながる人が、家族です。
★聖コルベ館から、10年のご縁。長いですよね。ホームに入っても支えてくださる。見守ってくださる。北海道から長崎まで、遠いですよね。だが、心の「つながり」には、距離はない。人は、出会って、痕跡を残して、ふくらんで、生きるチカラが湧き出てくる。残念ながら、ライモンド君の行方は不明のままです。

2020年12月26日土曜日

ホームの降誕祭のミサは、多くの車椅子の人と共に祈った。平和と善意を

昨日のホームのクリスマス・ミサ。
山内園長神父さんが司式。瀧神父さん、大野神父さんで捧げられ、祈った。
普段のミサは、車椅子の信徒は、1人だけだが、降誕祭は、車椅子の人も、20人余りが一緒にお祝いの祈りを捧げた。西山神父さんも居られた。
★今年までも無事で、降誕祭を迎えられたのは恵みです。「ああ、生きているな」の実感が湧いてくる。大切なのは「祈り、愛、清さ」です。生活と、人生と、信仰がある。
★「天には、神に、栄光。地には、善意ある人に、平和」。空には、すばらしい、ガンチクのある言葉が飾られている。ホームの湯江教会の「馬小屋」は、毎年の作りと変わらない。幼子イエスが、少し小さいかな。
宿が無かったヨゼフさま、マリアさま。「馬小屋」でお生まれになった幼子。かわいそう、思いますよ。
誰が、どの家族が、馬小屋が誕生地になる人が居るでしょうか。
幼子は、誕生から苦しみ、寒さに泣いていた。最後は、十字架の上で、マリアさまに看取れて、息絶える。ふしぎなイエスの生涯と思いませんか。
世の中は総て「目には、目を。歯には、歯を」で回っている。イエスの教えは、愛。
神を愛しなさい。隣人を愛しなさい。敵が飢えているなら食べさせ、乾いているなら飲ませなさい。徹頭徹尾、愛でした。救いは、愛。
★昨日の祝賀会で、サンタさんになった森さんの、いい顔、ほがらかな表情の写真があるので、載せました。
この顔は、老いても幼子の顔と一緒だよ。
聖なる幼子も、両手を開いて、ヨゼフさま、マリアさまを見ていただろうな。
「幼子の心にならねば、天の国には入れない」
やっぱり降誕祭は喜びだね。
余韻が残る今日は、良い日でした。
ホームの食事も温かい。
★人生は、自分の可能性探しである。人のお役に立てることはないか。失敗しても、失望しない。もともと弱いんだ。自分のチカラに頼ることなく、かがんで、手を合わせて、聖なる幼子の安らかに眠る愛に、目を注ごう。信仰者の生きる道が、馬小屋への道にある。

2020年12月25日金曜日

降誕祭。生きる喜びが、バクハツした。ミサで祈り、昼食で盛り上がる

クリスマス、おめでとう。
ホームでは、午前10時から、降誕祭のミサがあった。
ミサの前に、3人で写真を撮った。右から、森さん、77歳。トマ修道士。左が浜崎さん、76歳。2人はホームに来て、初めてのクリスマス。喜んでいるよ。
森さん、骨折で、入院した時もあった。2人の他に、もう1人、83歳がいる。浜崎さんは、彼を良く介護している。ミサで、みんなの幸せを祈った。
★昼食のとき、ホームにも、サンタさんがやってきた。見ると、「え、え? オドロイタよ」。サンタさんは、森さんだ。トナカイは、浜崎さんだ。お姉さんか、おばさんか、知らないけれど、美女の天使に付きそわれて、マンゾク、幸せな表情。プレゼントを配りました。森さん、浜崎さん、世の汚れを知らない純情男子だよ。修道士でも、アタマが下がるよ。「山の生活と、こっち、どっちが、いい?」。2人は同音、「こっちだよ」。降誕祭は、幸せを運ぶんだね。

★昼食のとき、賑わったのが、職員さんの「寸劇」です。12人も居るよ。嫁探しの青年が出てきて、金持ちの女性と、働き者の女性が出て、「どちらを選ぶか」という選択を迫られる。3人の子供に、ビンボウ神も出て、右端に、着飾りの女性も加わって、見ている私たちも、なにが、なんだか、ワカランようになる。まあ、最後は、めでたし、めでたし。根気よく、こつ、こつ、進むのが、いいって言うことよ。クリスマスだから盛り上がるね。
★今年の降誕祭まで「生かされた、感謝だね」。それだけは、根から思うよ。徐々に、知力、体力も落ちて行く。自分でも、分かるよ。それに耐えていく。受け入れていく。これが難しい。でも、生かされている限りは、がんばろう。トマ修道士を支えて下さる日記の読者から、カードや、贈り物を頂いた。眼に見えない所で、祈り、見守る人たちが居る。それが明日への元気につながる。
★昼食には、お祝いのゴチソウも出た。こんなに恵まれて、いいのかな。