2020年11月5日木曜日

出会いは「イノチ」に、つながる。イノチとは、生きる存在。喜びがわく

いつも眺める朝の風景。
毎朝、4時半に起きて、隣の教会へ。
既に、神父さん、修道士さんが居る。
5時半過ぎから、共同で、朝の祈り。
6時から、ミサ。毎朝、同じ。
ミサが終わって、6時半が、この景色。
有明海も、雲仙岳も、変わらない。
雲が、光の変化が、心を魅了する。
「今日も、平穏でありますように」
ここに祈りが、あるような気がする。
 手首のキズも癒えて、入浴した。

★2人の若者が、面会に来た。野々村哲(さとし)さん、塩沢美樹さん。正月に来て以来、10ヶ月ぶり。コロナが私たちを遠ざけていた。
2人に、最初に出会ったのは、ホームに入居して、3ケ月経った頃だった。当時の私の心境は、孤独で、無意味で、生き甲斐を無くしていた。そこへ2人との出会い。それも15秒の出会いだった。
「やあ、こんにちは」
「小崎さんですか」
「そうです」
「ブログ、読んでいます」
「ありがとう、ハイ、アクシュ」。これだけの会話。
★それから春に、便りが来たことで、「つながり」が出来た。度々会うようになる。「トマさんのことば」を出版。無料で、日記の読者さんたちへ送った。次に「ポーランド人修道者たちの写真集」を出版。これも無料で、日記の読者さんたちに配った。「写真集」がきっかけで、長崎市で、写真展が行なわれた。東京のポーランド・フェスチバルでも、「ポーランド人修道者」の写真が展示された。今度は、『こころの時代』の番組です。ポーランド人修道者たちの写真が紹介された。
★出会いは、「イノチ」に、つながる。イノチとは、生きて行く上での活力です。推進力です。「背中を、押される」といっても、いいかな。人生に、この2人のような出会い、「つながり」は、そう多くは起こらないだろう。若者から、チカラを受ける。不思議や、なァと思います。彼らは、私の日記を全部読んで、心に残る「言葉」を抜き出してくれた。それほどの熱意がある。他者に、そんな人って、居りますか。
★「母に、つながる。神に、つながる。愛とは、つながり、なんだよ」

2020年11月4日水曜日

大きな病院の「皮膚科」へ。小さなキズでも、身内、気になる。癒された

予約の「皮膚科」へ。総合病院。
顔に、出来た、「日光角化症」。
6、7か所で、発疹が見られる。
原因は、紫外線とか。
長年、屋外の仕事に多く、顔に出る。
クスリを塗ったのは、9月だった。
1か月、そのままに、しておく。
今日が、診察日だった。
1か所、残して、全部、消えた。
残る1か所に、スプレー噴射で焼く。
「2週間後に、また、焼きます」
診察のついでに、手首も見せた。
ふくらんだ手首が、バクハツして、
1か月も、出血が、つづいた。
お医者さん、丁寧に、診てくれる。
「大丈夫。入浴も、可」
皮膚科・専門医の診断に、納得する。
喜んでください。治りました。
小さなキズと、あなどる、なかれ。
手も、足先も、大事な身内、肢体です。
役目がある、存在価値がある。
しっかり、それを覚えます。
 感謝の祈りを、捧げよう。
★「すてきな、えがお、ですね。もしかして、20代? いや、いや、90代です」

2020年11月3日火曜日

「鬼滅の刃」。老人はワカラン。『はな』ちゃんの塗り絵。成長、楽し


いま、はやりの、「鬼滅の刃」。

テレビで、若者たちが、大騒ぎ。

ホームで暮らすオレらは、知らぬ。

「『はな』が、塗ったのよ」

絵を、喜びの笑顔で、渡した。

「『はな』は、ね。ビデオ、見てる」

ママの、お仕事の、おじいちゃん。

そう言われれば、愛情も、湧くわね。

『はな』ちゃんの成長を見守ってきた。

絵里さん、高卒で、介護職に勤めて、18年。

ホームの教会で、結婚式を挙げた。

翌年、2016年、ひな祭りの日。

『はな』ちゃんが、生まれた。

成長ぶりを、写真で、愛でてきた。

コロナになって、ホームに来れない。

じいちゃん(私のこと)は、さびしいよ。

『はな』ちゃんの塗り絵、うれしいよ。

いつになったら、『はな』に会えるだろう。

★ママ、絵里さんの報告。「今日は、ハナの保育園のお弁当の日です。好物の、マカロニ・サラダを見ると、『お母さん、だんだん、じょうずに、なってきたね』と、おほめの言葉をもらいました。『どこが、じょうずに、なってきてるって思う?』『キュウリの切り方が、ね』と。私は、『キュウリは、塩もみしてるから、型は分からないけどなァ』と、つぶやく。『だいじょうぶ、だよ、お母さん』と、またもや、なぐさめられ、喜んで、お弁当を持って行きました。残らず、食べてくれるかなァ」
★親子の愛情が、あふれている。『はな』は、ママと呼ばず、お母さんと言っているんだ。子供は、日々成長する。『はな』ちゃんの成長の過程で、ホームのおじいちゃんは、どのように発達・理解していくのだろうか。『はな』ちゃんの成長ぶりを、写真で記録している。いつの日か、喜んで、はにかんで、見てくれるだろう。老人に出来ることは、そんなところかな。
 

2020年11月2日月曜日

死者の日を迎えて、親友だった小神学生を偲ぶ。墓標を持つのは私だった

 

死者の日。教会では、両親や家族、知人、友人、恩人、すべての死者のため祈った。
なぜか、小神学生の同級生だった「ヨゼフ雅一」のことを思い出し、祈った。仲のよい親友だったが、肺結核のため、聖母の騎士で逝った。18歳だった。
カシアノ修道士が、温かい看病をつづけた。終戦直後のこと、食料難のなか、それでもバター、チイーズ、卵など、栄養のある食事を準備した。しかし全く食欲がない。食べれない。見舞いに行った我々が、おいしく頂いた。「神学生で死んだ者は、天国で、司祭になるのよ」と、ある母親が言ったが、そうだと思った。
闘病3年、苦しかったであろう。
しかしポーランド人修道士たちから愛された。臨終になった時、彼は、やせ細った両腕を天井へ差し出して、右手で、左腕をこする仕草をしたという。血液が、手の先まで行くようにという、無意識のうちにも生きたい動作だった。そのことを70年が経っても、覚えている。
ヨゼフ雅一の墓標の字は、私が書いた。十字架を持っているのは、私だ。小神学生が、こんなにも多く居た。後方に、修道士たちが連なっている。
進駐軍が置いたジープや、道路に敷く穴あきの鉄板が懐かしい。木造の建物は、洗濯干し場と、パン焼きカマもあった。
★戦争が終わった頃の人の心や態度は、整然とした規律に立たされていたように思う。自由、勝手は、なかった。死者の日に、十字架を持った私の写真を見つけたので、日記に書きました。ヨゼフ雅一は、神のイノチに生きている。そう信じたい。

2020年11月1日日曜日

諸聖人の祭日。聖人になりなさい。長崎・最初の教会は「サントス」です

日曜日。教会では、「諸聖人の祭日」を祝います。
祈りの中で、もろもろの聖人たちに、思いを馳せました。「聖人」と呼ばれない大勢の善良な「いのち」も、神の喜びに入っているでしょう。
人は、神から出て、神のイノチに帰る。そう希望し、生きております。素直に、神の御元へ帰れるか。自分には、汚れがあり、欲があり、このままでは戻れない。
回心と、償いと、清さが求められる。
★「諸聖人への取り次ぎ」は、キリシタン時代にも、盛んだった。
左は、10年前の新聞記事です。今の聖母の騎士から、電車道に降りた付近の最も「古い写真」ですが、「春徳寺遠望」とある。
この春徳寺が、元は、長崎最初のキリシタン教会「トードス・オン・サントス教会」つまり「諸聖人に捧げられた教会」でした。このように中世期から、諸聖人はお祝いされて、親しまれていたのです。切支丹・迫害が起こって、教会は破壊され、お寺になった。
★高山右近も、この教会から、マニラへ向けて出発した。「聖人の道を歩みなさい」「愛する人になりなさい」。度々、言われてきたお勧めです。生かされている限り、希望は持ちたい。
★手首のキズが、早く、落ち着きますように。

2020年10月31日土曜日

行きは、不安。帰りは、安ど。手首は、大丈夫、良くなる。ススメ前に

お医者さんから呼ばれた診察の日。
高原修道士さんは、別件で、不在。
ホームの事務長さんが、運転。
明るい顔で迎えてくれたお医者さん。
「いつも、お世話になって、います」
ご子息の医師(国立病院)も同時診療。
手首を、診てくださった。
「この分だと、良くなります」
手術の必要は、ない。安心する。
『こころを さわがせるな』
帰りの車中、安心の気持ちで感じた。
10月も、終わる。
★沢山の人に、支えられ、助けられ、励まされて、生きている。お導きに感謝。 

2020年10月30日金曜日

MRIの結果、「あした、来なさい」とお医者さん。老いても苦しみ続く

「こころを、騒がせるな」
朝の祈りのなかで、聞こえる声。
それでも、やっぱり、気になる。
右、手首の、ふくらみ。9/25。
やがて、やぶれて、キズが出来た。
出血が、なかなか、とまらない。
バンソウコウに、血が、にじむ。
入浴が、できない。あせり、あり。
町の病院に診せたが、手当なし。
日にちだけが、過ぎた。
ガマンの、苦しい日々。
キレイに、なったが、キズ残る。
ここから、血が出て、止まらない。
なんとか、してくれ、あせる日々。
中は、どうなって、いるのか。
手も、我が身の、一部。
92年も、使った、手。
アタマも、足も、どこも同じ。
小さなキズでも、心は痛む。
10/19、この日にち。
このままで、いいのか。不安、あり。
祈りの日々は、つづいた。
10/26のキズ。
長崎市のクリニックへ。
「なぜ、早く、来ない」と先生。
エコーを撮る。(日記に載せた)
先生、他の病院へ電話。
放射線科へ、MRIを依頼する。
「木曜日、午後に、わかります」
昨日が、その「木曜日」
当方から、クリニックへ電話。
「土曜日に、来なさい」と先生。
あしたが、土曜日です。
明日、朝から、長崎市へ出かけます。
どうなるでしょうか。老いて、身体に、異常が出ると、どうしても、気になります。安らかに、老いることは出来ないのでしょうか。試練は、いつまで続くのでしょうか。