2020年9月6日日曜日

キズは良くなった。バンソウコウの跡が、真っ赤だ。こりゃ、こまる

見えない所のキズ。
手術の後のキズは、良くなった。
バンソウコウを、貼った所が、大きく、赤い。
「こりゃ、なんじゃ?」
写真に撮って、ビックリだよ。
今朝、シャワ―を浴びた。
医務室に寄って、見てもらった。
どうも、気になる。デジカメも持って行った。
かゆくも、痛くも、ないが、こんなに「赤く・大きく」なるとは、ねぇ。
「バンソウコウ、負けだな」
赤い、キズも、枯れれば、良くなる。でも、時間が、かかるね。
退院した。「毎日、シャワ―を浴びて下さい」と言われた。
糸で、縫った状態だから、心配するじゃ、ないですか。
ガーゼを当ててもらって、バンソウコウで、止めた。そしてシャワーへ。
シャワーを終わって、またバンソウコウを貼ってもらった。
それが、イケなかったらしい。
老人は、むかしの感覚で、生きている。判断する。
今は、そのまま、シャワーを浴びても、いいらしい。
「ワカラン、わからん」

2020年9月5日土曜日

誕生会。お祝いの出し物は、ジャ踊り。ほほえみ顔で、職員さん頑張る

毎月の初土曜日、昼食は、「誕生会」だよ。
食堂に、全員が集まる。
みんなで、お祝いする。
長生きするのは、神さまの恵み。
これからも、長生きしてね。
職員さん達も、応援しているよ。
「誕生会」といえば、職員さん達の「出し物」だね。
「今月は、なんば、すっと、ね?」
「ジャ踊り、よ」
事務長さんに、看護師さん、介護の皆さん、明るい顔して、やる気、マン、マン、だね。
ジャ踊りは、長崎の名物「踊り」だからね。
「ドラ」を叩きながら、ジャが、黄色い、丸い、タマを、探し、求めて、リズムに乗って、踊る。
見事な、モンよ。
ホームは、60年以上の歴史があるから、衣装や、道具が揃っている。とはいえ職員さん達の奉仕だよ。
忙しい中、ご苦労さん。
それでも、ホームの利用者たちに、喜んでもらえると、それが嬉しい。お互いの心の交流にも、なる。
今月の「誕生会」をお祝いする人は、7人でした。
長生きしてね。生き続ける事が、皆さんの喜び、励ましになる。職員さん達も、その奉仕のため尽力している。
生きるのは、ツライことも、ある。
頑張って、イノチを輝かせるのは、大きなチカラです。
みんなで歌いました。「ハッピバスデイ」
赤飯と、サシミと、おゴチソウも出ました。
森さんは、歌をうたった。昭一さんは、ハーモニカを吹いた。97歳の女性は、鼻呼吸しているのに、大きな声で、昭和の歌を披露した。「若い頃は、そりゃ、輝いていたろうな」。ニンゲン、まだ、まだ、余韻を残している。
「えらか、ばい」
「おーい、ジャ踊りよ、モッテ・コーイ、モッテ・コォーイ」。戻って、もう1回、やれ、の掛け声です。気持ちが、スッキリした日でした。

2020年9月4日金曜日

なぜか、写真に撮りたいね。ゲンキな姿、見せたいね。おバカさん

最近、写したスナップです。
まあ、元気に、しておりますが、いろいろ有ります。
健康上の悩みというか、痛みというか、カラダの事が多いですね。
朝、起きると、肌着の脇の下あたりが、黄色がかっている。今朝も、そうでした。看護師さんは、「キズは良くなっているが、絆創膏のカブレで、皮膚がはがれている」と、ガーゼを貼ってくれた。「バンソウコウは、はめたくない」「やわらかめで、とめます」
いつまで生かされるのか、余生は、おまかせ、だよ。生きるのも、ツラカよ。しかし、耐えて、ガマンするしか、ないよね。わかっています。
「歳とれば、誰でも、もらう、脳減る賞」。こんなダジャレを、どこかで見たことがあった。脳減る(ノーへル=ノーベル)賞。見事だね。
老いて、生きるとは、戦いでも、ある。ホームの皆さんを観察すれば、よーく分かる。皆さん、けんめいに、生きておられるよ。9月は、敬老の日も、ある。
何事も起こらず、過ごした日。昼食は、煮たイワシだった。「イワシや、サンマは、高値なのよ」。そんな声も食卓で聞かれた。食べさせて、いただいて、ありがとう。
100歳、生きて、元気で居れば、手本だね。白旗、あげるよ。
★「人間の、苦しみは、時間が、たてば、解消し、時間が、たてば、忘れられる。誰も、お前のこのは、考えない」

2020年9月3日木曜日

「紙芝居」が、長崎新聞に掲載される。助け合いの「平和」をつなごう

2日前、地元・新聞の女性記者が訪ねてきた。
ホームのコロナ対策・面会室で、取材に応じた。
「小崎さんの『紙芝居』。取材をしています。写真を撮らせてください」。紙芝居は、長崎市の末永浩さんが企画。西岡由香さんが絵を描いた。
8月17日の「日記」にも、紹介している。
紙芝居の絵を、数枚、机に並べて、シャッターを切った。
西岡由香さんの絵を見ると、原爆・体験という苦労はあったが、希望は持てる。
「世界のみんなが、国境を越えて、手をつなぎ合い、仲良くなれば、平和が来る」
笑おうでは、ないか。歌をうでは、ないか。空には、平和の折り鶴が、舞っている。
老いた老人は、もう声も出ない。足も立たない。次の世代の若者に、戦争の恐ろしさ、原爆の悲惨さを伝えて行って欲しい。それが願いです。
今朝、ミサへ行く途中、休憩の間に、新聞が置いてあった。「載っているか」と開くと、「出かッー」。新聞、見開きの、一番、右上、最高の場所に、記事が載っていた。これは共同の新聞なので、勝手に持っては行けない。
朝食後、体操をすませて、入浴した。起床時から、「チク、チク」痛みはなかったが、湯を浴びると、痛んだ。水をかけ直し、湯のなかに入った。久しぶりの入浴は快適です。
事務室に寄る。事務長さんに、用件で外出したら、長崎新聞を買って下さいと頼んだ。
それが、今日の、新聞です。テレビの取材と同じ背景でした。

2020年9月2日水曜日

抜糸の後が、チク、チク、痛む。自分のカラダの一部にして行く

人生で、病院へは、何度、行くのだろう。
気が、休まる所では、ない。
これも、定めなのか。
高原修道士さんの運転と介護で、病院内の動きは速い。
皮膚科の受付。お医者さんは、2人。
しばらく、待つ。落ち着かない。
この歳になって、いつまで病院へ来るのか。
看護師さんに、名前を呼ばれた。
入口で、名前の確認をされる。
「入院中は、お世話になりました」
「抜糸を、しましょう」
2枚、脱いで、椅子に座ったままで、抜糸が始まる。
「チク、チク、しましますよ」
何事も、感じず、ムカデの糸は、外された。
女性お医者さん、縫うのもウマイが、外すのもウマイ。
★ホームに戻ったのは、昼食の案内がなる時だった。押し車で、そのまま食堂へ。
「早かったな」。そんな声が。普段の生活に戻った。
★昼食後は、しばらくベッドに横たわる。抜糸の後が、チク、チク、痛む。
この痛みも、自分のカラダの一部にして、耐えて、慣れて行かねば、ならんだろう。
★きょうの、アタマの中は、カラッポです。
あすは、なにが起こるか、老人には、わからない。そう、悲観には、なるな。

2020年9月1日火曜日

明日は、皮膚科で、抜糸になります。運よし、生きるよし、それは愛です

 いま、ホームでは、屋根の部分と、玄関の車寄せ、庭のコンクリの改装をしています。
雨が降ると、雨水がたまるのです。
側溝を設け、コンクリの表面も、し直します。
大きなトラックが、ジャリを積んで、侵入しました。
経費も、相当にかかるでしょう。
ホームを便利にするための努力です。
快適になるのは、喜びです。
★今朝も、朝食後、体操が終わって、シャワーに入りました。
明日、皮膚科へ行き、抜糸をします。これで一応、一つの治療は片がつくでしょう。
★シャワーの後で、看護師さんに、付け替えをしてもらった。写真も撮ったが、載せるのは止めました。
★今度の「出来物」について考えると、ちょうど、左手が届く場所に、それが、あったという「幸い」です。あらためて、良かったな、と思いました。あと2センチ、背中に寄っていたら、わからずに放置したでしょう。どうして、そこ、だったのか、わかりません。
★それで、思うんです。これまで、この歳まで、生かされて来たことは、そういう連続じゃ、なかったか。なぜか、人知じゃ、わからない。
★生かされたのは、なにか、大きな、温かい、見守り。言葉で、表現するなら、つまりは「愛」。愛じゃ、なかったかと、感じるのです。「愛があるから、生かされた。生きている事は、愛です」。そう、言えないでしょうか。この歳になって、それが、少し、わかった気がするのです。「だから、生きること、イノチは大切です」

2020年8月31日月曜日

朝の陽の光が自室に入る。光が当たれば、影の部分が出来る。それが人間

「夢か、ウツロか、マボロシか」
今朝、ミサから、自室へ戻る。
朝の太陽が、屋外の戸から、まぶしく入っている。
光は、部屋をツツ抜けて、廊下の扉まで、伸びている。
「映っているのは、幻影か、幽霊か、足のないカゲロウか」
我が、姿、なり。これが、お前か、正体か。
8月、最後の日を迎えた。令和2年の3分の2は、過ぎ去った。
今年の前半は、「こころの時代」に出られて、幸いだった。人生で、テレビに長編、注目されたのは、2度、あった。
★1回目は、1998年(平成10年)、長崎の民放、KTN、「生かされて・ある修道士の半生」48分が流れた。これは、被爆の体験と、日本26聖人の映画、コルベ神父とアウシュヴィッツ強制収容所のロケ、が収録されていた。ガヨビニチェックさんは既に故人となられ、再婚の奥さんが思い出を語った。また身代わりの現場に居たポーランド人の老人にも出会った。取材班は、ブラジルにも就いて来たが、それはカットされた。長崎地方だけで、放映された。
★今年、2020年の「こころの時代」NHK・全国放送・60分。昨年の12月中旬、1本の電話から始まった。7月、テレビに「予告編」が出るまで、半年以上、資料の取材や、長崎にも何度か行ったが、日記にも書けず、「耐えて、隠して、秘かに」過ごすのは、本当に複雑な気持ちの月日でした。
★小崎登明は、2本のテレビで人生を映像化された。まだ、まだ、隠れた部分があるんじゃないか。そりゃ、あるでしょう、人間だもの。全部は、語り尽くせない。語れぬのは「ヤミか、カスミか、マボロシか」。太陽の光が当たれば、どうしても影は出来る。人間には、そういう部分が、あります。また、無ければ人間じゃないでしょう。
★「人生、甘くみるな。人間、甘くみるな。人は誰しも、外見には、わからない痕跡を背負っている。その人ならでの、痕跡だ。人生の、どの課程で、その痕跡がついたのか、わからない。それでも、耐えて、秘めて、生きるしか、ない。生き抜いてこそ、よかったと思う。人間って、ホント得体の知れぬ、生き物です」