沖縄に、かつて著名なカトリック伝道師(女性)が居た。
名前は、クララ稲国良子さん。
良子さんの言葉に、「悪口、言われて、当たり前。失敗しても、ありのまま」がある。トマは、この言葉を、今でも時々思い出す。クララ良子さんには、度々お会いした。2007年の5月、95歳で逝かれた。
その2か月後、クララさんが居られた教会を訪ねた。そのとき、教会の信徒会長を務めていた文子さんから、お世話になる。文子さんは、クララさんをよく知っている人たちを十人程集めて、話を聞くことが出来た。
クララさんは、マンゴが大好き。トマも、好き。以来、文子さんが、毎年、ホームへ「マンゴー」を贈ってくださる。今年も、着いた。ありがとう、文子さん。
沖縄には『ちむぐくる』という言葉があると聞いた。『ちむ』とは、魂の意味。『ぐくる』は、心そのものだ。『魂を揺り動かすほどに、相手の幸せを、親身になって思う心』。何と、すばらしい語句であろう。
クララ良子先生は、『ちむぐくる』の深い人だった。その心は、文子さんにも伝わっている。神さまの愛と慈しみは、計り知ることはできない。
★高原修道士さんの運転・介護で、総合病院の皮膚科外来の診察をうける。組織検査のため縫っていた、顔と、右側の胸の裏の、抜糸を行なった。「組織検査の結果も分かりました」と、お医者さん。
「顔は、『日光角化症』です。ぬりクスリを使い、治療します。胸部は、『有きょく細胞がん』の初期です。8月の末に、手術を行ないましょう。1泊2日の治療です」
「え、また入院なの」と思ったが、素直に受け入れた。「皮膚ガンにも、なるだろう。原爆・放射能、イッパイかぶって、いるから、な」
左の手を、脇の下から背中へ回すと、ちょうど手の届くギリ、ギリの所に出来ている異物です。これが、もう少し、背中へ入り込んだ箇所に出来た異物なら、全く気がつかず、手遅れになったでしょう。「よかったですよ。幸いだった、な」と幾分、安堵(あんど)し、「歳を取れば、いろいろ有りますわ、ね」
長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2020年8月7日金曜日
2020年8月6日木曜日
コルベ神父の身代わりの愛。彼は、一歩、前進した。バックするな
結婚記念日とか、洗礼の記念日とか、人生の転換期になった日とか、人の一生に、大切な日です。
コルベ神父が「身代わりの愛」をささげ、殉教した日は、8月14日でした。いま、ホームの湯江教会では、朝ミサの後で、コルベ神父に対する9日間のお勤めを果たしています。
コルベ神父は、いつ身代わりを申し出たのでしょうか。その日は、いつか?7月の末とか、8月の始めとか、いろいろ言われていました。左の写真は、アウシュビッツの「餓死室」です。現在の部屋は、ローソクの煤(すす)で、黒くなっていますが、収容所の女性職員の話によると、このような部屋だったそうです。そして、コルベ神父が身代わりを申し出た日も、国立博物館の公文書から「7月29日」と分かった。
こうゆう場所で、コルベ神父が殉教したかと思うと、心が痛みます。特別の許可を得て、餓死牢の内部を計り、図面を制作しました。奥行300センチ。横幅257センチ。高さ216センチでした。7月29日から、8月14日まで、何も食べず、何も飲まず、ただ祈りと、聖歌で生き続けたのです。コルベ神父の苦しみを思い出しましょう。
★コルベ神父は、かつて、こう言った。「準備、行動、苦しみ」。短い言葉だが、深い意味を抱えている。コルベ神父の殉教の日に向けて、私たちも、愛に燃える人間となりましょう。
2020年8月5日水曜日
手の指5本。毎日1本づつ折れば「こころの時代」の放送日だよ
宅急便が届いた。開けると、いきなり、「祝・NHKテレビ出演」とあった。
「ああ、そうだ。近づいたな」
こころ待ちにしていた気持ちが、湧きあがった。
贈り主は、神奈川県に住む81歳の男性。聖母の騎士学園の出身者で、昨年、聖母の騎士で出会った。
「こころの時代、宗教・人生」。NHKのディレクターが初めてホームの自室に話を聞きに来たのが、去年の12月末だった。
明けて、令和2年の正月には、まさか、こんな新型コロナウイルスで苦難を受けるとは、思ってもいなかった。
次々の、コロナの報道。長崎県にも、感染者が増えた。8月に入って、第二波が襲っている。
取材は、この半年、見えないコロナの恐れをくぐりながら、6月には、何とか終わった。安堵(あんど)して、後は、待ちの月日だった。
いま、宅急便で、「祝・テレビ出演」などの文字を見詰めると、「来たーか」と、我が左手を広げ、5本の指を1つづつ折る。次々に曜日を数え、小指が折れるのが、8月9日、長崎・原爆の日の朝となる。
どのような顔に映っているのか、流れになっているのか、楽しみだな、思います。ディレクターの男性も、懸命に、本当に親身になって、番組を作ってくれたからね。
神奈川県の81歳の男性さんよ。まわりの友人に、「こころの時代」を宣伝してください。贈り物、ありがとう。「着地点が見えたよ」と電話で言ったら、「いや、いや、トマさん、まだ、まだ、生きてください」「えー、そーか、な」
★「『おひとりさま』だけれども、『孤独』じゃない。『つながり』がある。修道会・フランシスコとの、つながりがある。こころ強い。居場所があるか?出番があるか?まだ、大丈夫だ」
「ああ、そうだ。近づいたな」
こころ待ちにしていた気持ちが、湧きあがった。
贈り主は、神奈川県に住む81歳の男性。聖母の騎士学園の出身者で、昨年、聖母の騎士で出会った。
「こころの時代、宗教・人生」。NHKのディレクターが初めてホームの自室に話を聞きに来たのが、去年の12月末だった。
明けて、令和2年の正月には、まさか、こんな新型コロナウイルスで苦難を受けるとは、思ってもいなかった。
次々の、コロナの報道。長崎県にも、感染者が増えた。8月に入って、第二波が襲っている。
取材は、この半年、見えないコロナの恐れをくぐりながら、6月には、何とか終わった。安堵(あんど)して、後は、待ちの月日だった。
いま、宅急便で、「祝・テレビ出演」などの文字を見詰めると、「来たーか」と、我が左手を広げ、5本の指を1つづつ折る。次々に曜日を数え、小指が折れるのが、8月9日、長崎・原爆の日の朝となる。
どのような顔に映っているのか、流れになっているのか、楽しみだな、思います。ディレクターの男性も、懸命に、本当に親身になって、番組を作ってくれたからね。
神奈川県の81歳の男性さんよ。まわりの友人に、「こころの時代」を宣伝してください。贈り物、ありがとう。「着地点が見えたよ」と電話で言ったら、「いや、いや、トマさん、まだ、まだ、生きてください」「えー、そーか、な」
★「『おひとりさま』だけれども、『孤独』じゃない。『つながり』がある。修道会・フランシスコとの、つながりがある。こころ強い。居場所があるか?出番があるか?まだ、大丈夫だ」
2020年8月4日火曜日
原爆命日の前に、母と父のためミサで祈る。1人息子は修道士だよ
8月に入り、長崎・原爆、母の命日が近づいた。安息のため、ミサをお願いした。
今朝、ミサの始めに、「トマ修道士さんのお願いで、トマ・松吉、クララ・ワサさんのため、ミサが捧げられます」と知らせがあった。ミサの中で、名前が読み上げられる。聖体拝領の後、席に戻ると、アタマを垂れて、目を閉じて、祈った。
「父が居て、母が居て、自分が生まれた。92年になる。産んでくれて、ありがとう」。感謝の言葉しか出ない。
父は、北朝鮮で、7歳のとき病死。現地の、お椀を伏した形の土となる。それから10年。17歳のとき、母が原爆で行方不明となり、灰となる。
我が父も、母も、幸せだったろうか。父の墓参りも行けぬ。最近は、外海の母の墓にも、足が弱って行けなくなった。(いま、パソコンのキイーを打ちながら、手で、目を被って、しばらく動作を停める)
父は、外海の人。母は、浦上の女性。年が11歳も違っていた。なぜ、2人が一緒になったのか、詳しい経緯(いきさつ)は分からない。
父を知る者は、誰もいない。母を知る者は、まだ、2人いる。「ニンゲンって、さびしい」と思いますよ。墓地に写真が眠る父も、母も、一人っ子の息子が、修道士の道を歩んだなんて、全く知らないでしょう。「ニンゲンって、やっぱり、孤独や」と思いますよ。今朝、ミサで祈れて、思いを果たせて、幸せでした。
「祈れて、感謝して、ああ、今日も、一日、よかったよ」と思えば、人生、それで幸せや、と思います。「北朝鮮の、墓参りに、1度でいいから、行きたかったな」。それが悔やまれます。
★「親が、子供に与えてやれる財産は、宗教だ。教育じゃない。真の宗教を与えてやった子供は、幸せになる。わたしが、そうだった。親は、わたしに、教育を与えなかった。宗教を与えた。今も、かんしゃ。教育は、子供が自分で、つかみ取るものだ、と考える」
今朝、ミサの始めに、「トマ修道士さんのお願いで、トマ・松吉、クララ・ワサさんのため、ミサが捧げられます」と知らせがあった。ミサの中で、名前が読み上げられる。聖体拝領の後、席に戻ると、アタマを垂れて、目を閉じて、祈った。
「父が居て、母が居て、自分が生まれた。92年になる。産んでくれて、ありがとう」。感謝の言葉しか出ない。
父は、北朝鮮で、7歳のとき病死。現地の、お椀を伏した形の土となる。それから10年。17歳のとき、母が原爆で行方不明となり、灰となる。
我が父も、母も、幸せだったろうか。父の墓参りも行けぬ。最近は、外海の母の墓にも、足が弱って行けなくなった。(いま、パソコンのキイーを打ちながら、手で、目を被って、しばらく動作を停める)
父は、外海の人。母は、浦上の女性。年が11歳も違っていた。なぜ、2人が一緒になったのか、詳しい経緯(いきさつ)は分からない。
父を知る者は、誰もいない。母を知る者は、まだ、2人いる。「ニンゲンって、さびしい」と思いますよ。墓地に写真が眠る父も、母も、一人っ子の息子が、修道士の道を歩んだなんて、全く知らないでしょう。「ニンゲンって、やっぱり、孤独や」と思いますよ。今朝、ミサで祈れて、思いを果たせて、幸せでした。
「祈れて、感謝して、ああ、今日も、一日、よかったよ」と思えば、人生、それで幸せや、と思います。「北朝鮮の、墓参りに、1度でいいから、行きたかったな」。それが悔やまれます。
★「親が、子供に与えてやれる財産は、宗教だ。教育じゃない。真の宗教を与えてやった子供は、幸せになる。わたしが、そうだった。親は、わたしに、教育を与えなかった。宗教を与えた。今も、かんしゃ。教育は、子供が自分で、つかみ取るものだ、と考える」
2020年8月3日月曜日
北海道産「でんすけ・すいか」は果皮が黒い。贈り主に、有り難う
「トン、トン」。ノックして、男性職員さんが、「宅急便です」と、箱を抱えて来た。
あけて、ビックリ。大きな「スイカ」だよ。
「腎ゾーさんを、大切に」と、日記の読者が贈ってくださった。「スイカ」なら、いろいろ有るが、この「スイカ」。黒くて、重くて、でかッ。北海道名産の「でんすけ・すいか」。秀のLサイズ・6Kgと書いてある。
コメントがあった。「瀧神父さんと、大野神父さん、トマ修道士、それに高原修道士さんに食べて下さい」
炊事場に持って行き、栄養士さんに、「冷やして下さい」と頼んだ。1晩あけて、今日の昼に、切ってもらった。「でんすけ・すいか」は、手間暇かけて苗を育て、成熟すると、果皮が黒くなる。贈って下さった女性が、北海道出身だそうです。早速、昼食後、「栄養士さん、出して下さい」
皆さんが、食堂を出た後、3人は、ごらんの通り、こんな大きな量のスイカを頂いた。「栄養士さん、写真、撮って」「逆光線ですよ」「いいから、撮って」
箱のラベルに住所と電話番号が書いてあったので、お礼の電話をかけた。「長崎に、5,6回、行きました。五島も、平戸も、雲仙も回りました。聖コルベ館にも、2度ほど訪ねました」。聖コルベ館では、トマ修道士に会っただろうか。
日記を読まれているから、高原修道士の名もご存じでしょう。高原修道士は、コロナの関係で、ホームに入室できないので、栄養士さんが、「修道院へ届けて来ました」と報告。
こんなに大きなスイカを食べるのは、ホームで初めてだよ。「北海道のスイカ、でんすけ・スイカは、ウマか、ばい」
「長生きすれば、いいことも、あるんだね」「変容に、希望だよ」。栄養士さんは、私たちが食べ終わるまで待っていた。「あとの分、食べて、いいケンね」。スイカを贈って下さった女性さん、ありがとう。皆さん、喜んだし、これで、腎ゾーくんも、元気が出ますよ。未来に、アレルヤ。
あけて、ビックリ。大きな「スイカ」だよ。
「腎ゾーさんを、大切に」と、日記の読者が贈ってくださった。「スイカ」なら、いろいろ有るが、この「スイカ」。黒くて、重くて、でかッ。北海道名産の「でんすけ・すいか」。秀のLサイズ・6Kgと書いてある。
コメントがあった。「瀧神父さんと、大野神父さん、トマ修道士、それに高原修道士さんに食べて下さい」
炊事場に持って行き、栄養士さんに、「冷やして下さい」と頼んだ。1晩あけて、今日の昼に、切ってもらった。「でんすけ・すいか」は、手間暇かけて苗を育て、成熟すると、果皮が黒くなる。贈って下さった女性が、北海道出身だそうです。早速、昼食後、「栄養士さん、出して下さい」
皆さんが、食堂を出た後、3人は、ごらんの通り、こんな大きな量のスイカを頂いた。「栄養士さん、写真、撮って」「逆光線ですよ」「いいから、撮って」
箱のラベルに住所と電話番号が書いてあったので、お礼の電話をかけた。「長崎に、5,6回、行きました。五島も、平戸も、雲仙も回りました。聖コルベ館にも、2度ほど訪ねました」。聖コルベ館では、トマ修道士に会っただろうか。
日記を読まれているから、高原修道士の名もご存じでしょう。高原修道士は、コロナの関係で、ホームに入室できないので、栄養士さんが、「修道院へ届けて来ました」と報告。
こんなに大きなスイカを食べるのは、ホームで初めてだよ。「北海道のスイカ、でんすけ・スイカは、ウマか、ばい」
「長生きすれば、いいことも、あるんだね」「変容に、希望だよ」。栄養士さんは、私たちが食べ終わるまで待っていた。「あとの分、食べて、いいケンね」。スイカを贈って下さった女性さん、ありがとう。皆さん、喜んだし、これで、腎ゾーくんも、元気が出ますよ。未来に、アレルヤ。
2020年8月2日日曜日
コロナの時代、助け合って、祈ろう。トマの日記、発信よかバイ
日曜日。今朝、ミサの司式は、瀧憲志神父さんでした。
瀧神父さんは、お説教で、「今日は、ポルチウンクラの天使の聖母マリア聖堂の祝日だったが、主日のミサなので、表に出なかった」と、イタリア・アシジの聖フランシスコゆかりの教会を思い出させてくれた。トマも何度か巡礼したことがある。大聖堂の中に、写真のような、小さな「礼拝堂」がある。聖フランシスコが愛した祈りの場所です。
★今日の福音は、イエスが、幾つかのパンと魚を、数千人の群衆に与える場面でした。瀧神父さんは説教のなかで、フランシスコ教皇さまの真意を伝えながら、「いま、感染拡大の『コロナ』の時を如何に乗り切るか。お互いに、助け合うこと、それに『祈る』大切さ」を説いた。
★お説教のなかで、トマ修道士が毎日、日記を書いて、発信していると告げられたのには、ちょっとビックリする。「トマは、弱さを、そのまま出している、それが、いいのだ」と。ホントに、その通り、ズバリの話だった。そして瀧神父さん自身もスマホを通じて、60人余りと連絡を取っていると、具体例を語った。
★それに瀧神父さんは、こうも言った。「ある場所に『こども食堂』があって、子供でも、大人でも食べられる。コロナで今、提供できなくなった。それで『食堂』さんは、食材を各人に運ぶようにした。すると、誰さん、彼さんが、『食堂』に、野菜やコメを持ってくるようになる。量が増えるんですね。これは、イエスのパンと魚が増えて、数千人が満腹した奇跡に通じるお話だったと、トマは受け取った。
★朝食のとき、隣の席の瀧神父さんに、声かけた。「『弱さ』って、よく言ったね」。すると瀧神父さんは、「同じ目線で、見詰めているからな」。トマは、嬉しくなる。『弱さを、希望に』。これが題だったな。
★兵庫県の民子さんからのハガキ。「初めてお便りします。カトリックの方々との縁ができて、小崎さんのブログを毎日、楽しく拝見しています。世界中さがしても、ホームから毎日、発信されている人はおそらく、いないでしょう。それも日々の事、平和の大切さ、原爆の恐ろしさ、カトリックの歴史も教えていただいています。カトリックではありませんが、私のような者が毎日、小崎さんに力を頂いている事をお伝えしたくてペンをとりました」。ありがたく拝見しましたよ、トマより。
瀧神父さんは、お説教で、「今日は、ポルチウンクラの天使の聖母マリア聖堂の祝日だったが、主日のミサなので、表に出なかった」と、イタリア・アシジの聖フランシスコゆかりの教会を思い出させてくれた。トマも何度か巡礼したことがある。大聖堂の中に、写真のような、小さな「礼拝堂」がある。聖フランシスコが愛した祈りの場所です。
★今日の福音は、イエスが、幾つかのパンと魚を、数千人の群衆に与える場面でした。瀧神父さんは説教のなかで、フランシスコ教皇さまの真意を伝えながら、「いま、感染拡大の『コロナ』の時を如何に乗り切るか。お互いに、助け合うこと、それに『祈る』大切さ」を説いた。
★お説教のなかで、トマ修道士が毎日、日記を書いて、発信していると告げられたのには、ちょっとビックリする。「トマは、弱さを、そのまま出している、それが、いいのだ」と。ホントに、その通り、ズバリの話だった。そして瀧神父さん自身もスマホを通じて、60人余りと連絡を取っていると、具体例を語った。
★それに瀧神父さんは、こうも言った。「ある場所に『こども食堂』があって、子供でも、大人でも食べられる。コロナで今、提供できなくなった。それで『食堂』さんは、食材を各人に運ぶようにした。すると、誰さん、彼さんが、『食堂』に、野菜やコメを持ってくるようになる。量が増えるんですね。これは、イエスのパンと魚が増えて、数千人が満腹した奇跡に通じるお話だったと、トマは受け取った。
★朝食のとき、隣の席の瀧神父さんに、声かけた。「『弱さ』って、よく言ったね」。すると瀧神父さんは、「同じ目線で、見詰めているからな」。トマは、嬉しくなる。『弱さを、希望に』。これが題だったな。
★兵庫県の民子さんからのハガキ。「初めてお便りします。カトリックの方々との縁ができて、小崎さんのブログを毎日、楽しく拝見しています。世界中さがしても、ホームから毎日、発信されている人はおそらく、いないでしょう。それも日々の事、平和の大切さ、原爆の恐ろしさ、カトリックの歴史も教えていただいています。カトリックではありませんが、私のような者が毎日、小崎さんに力を頂いている事をお伝えしたくてペンをとりました」。ありがたく拝見しましたよ、トマより。
2020年8月1日土曜日
8月。いきなり初土曜日の「誕生会」。恒例の出し物で盛り上がる
突然だが、何色が、好き?
そうだな、青色か、な。幼い子が、絵を描くとき、お空は、青色、海も、青色、ぬるじゃないですか。
今日のお待ちかねの「誕生会」。職員さんの「出し物」は、青春の歌「青い山脈」でした。希望の歌だよね。「若く、あかるい歌声に、なだれは消える、花も咲く」。いいねぇ。ピチ、ピチした腕、ピカ、ピカした肌、思い出すね。
学生服が似合っていたのに、踊りながら脱いでしまって、この衣装に変身、それでも踊るよ。
8月の誕生日をお祝いするのは、3人でした。踊る職員さんも、3人。介護の主任さんでしょう、調理の担当さんでしょう、洗濯のお仕事さんでしょう。皆さん、ホームの人たちの面倒を見て下さる女性たちです。その上、このサービスだからね。「ちゃんと、みんさん、ゆうことを、ききなさい」
おゴチソウも、あったよ。のど自慢の歌も出たよ。いつも大声で歌っていた九十何歳の女性の声は聞けなかった。老人は体調に変化があるからね。浜崎さんは童謡のハーモニカを吹く。必ず歌う森さんは、入院中でザンネン。
★お祝いする1人、1人ごとに「ハッピバスデイ」を歌い拍手して、園長神父さんからお花とお祝い品をいただく。「出し物」を見て、おゴチソウを戴いて、歌を聞いたら、思い思いに席を離れて、帰って行く。最後まで残るのは、食堂の片隅に席がある食卓、トマと、瀧神父さんと、大野神父さんだけだね。
★トマが、つぶやいた。「長生きしても、痛みはあるし、苦労もある。でも長生きは、お恵みだね」。瀧神父さんが応じた。「変容が、あるさ。希望、だよ」
そうだな、青色か、な。幼い子が、絵を描くとき、お空は、青色、海も、青色、ぬるじゃないですか。
今日のお待ちかねの「誕生会」。職員さんの「出し物」は、青春の歌「青い山脈」でした。希望の歌だよね。「若く、あかるい歌声に、なだれは消える、花も咲く」。いいねぇ。ピチ、ピチした腕、ピカ、ピカした肌、思い出すね。
学生服が似合っていたのに、踊りながら脱いでしまって、この衣装に変身、それでも踊るよ。
8月の誕生日をお祝いするのは、3人でした。踊る職員さんも、3人。介護の主任さんでしょう、調理の担当さんでしょう、洗濯のお仕事さんでしょう。皆さん、ホームの人たちの面倒を見て下さる女性たちです。その上、このサービスだからね。「ちゃんと、みんさん、ゆうことを、ききなさい」
おゴチソウも、あったよ。のど自慢の歌も出たよ。いつも大声で歌っていた九十何歳の女性の声は聞けなかった。老人は体調に変化があるからね。浜崎さんは童謡のハーモニカを吹く。必ず歌う森さんは、入院中でザンネン。
★お祝いする1人、1人ごとに「ハッピバスデイ」を歌い拍手して、園長神父さんからお花とお祝い品をいただく。「出し物」を見て、おゴチソウを戴いて、歌を聞いたら、思い思いに席を離れて、帰って行く。最後まで残るのは、食堂の片隅に席がある食卓、トマと、瀧神父さんと、大野神父さんだけだね。
★トマが、つぶやいた。「長生きしても、痛みはあるし、苦労もある。でも長生きは、お恵みだね」。瀧神父さんが応じた。「変容が、あるさ。希望、だよ」
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