町の「文化祭」に、絵手紙を出したら、このような賞状と盾が届いた。ホームで、毎月、行なっている絵手紙教室。先生の計らいのお陰です。絵は、そんなにジョウズではないが、聖フランシスコ園の宣伝になればと、出展してもらっている。高来町は、明治の時代から、墨字の盛んな町です。高名な書家も出て、誇りにし、受け継いでいる。絵手紙は、趣味の部に入っていた。有り難いです。
★明日から、入院します。ステントの入れ替えです。今年は、1月、4月、7月、そして11月に行ないます。腎臓からボウコウまで、クダ(管)が入っている。クダに異物が付着するので、取り替えます。
★入院は、3日の予定ですが、何が起こるか分からない。痛みと、不安と、不自由と、カラダに刻むわけです。その心境は「流れに、まかせる、ささ舟」です。逆らわない。受けて、時を流すわけです。流れる先には、時には、岩もある。これはトマにとって十字架です。主と共に、受け入れましょう。お祈りください。
長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2019年11月5日火曜日
2019年11月4日月曜日
シスターの誓願式で祈る。自分の召命をも考える。葬儀もあった
山のシスターの修道女院。2人のシスターの「終生誓願式」で祈った。大司教さまと、補佐司教さまが司式をされた。
★誓願をたてたのは、2人とも、ベトナム人のシスターだった。ベトナムからも、両親や家族が来られて、誓願式は喜びに包まれた。
★荘厳なラテン語のミサ讃美歌、奉献を誓う儀式、私にも修道士・奉献者の意識がよみがえった。大司教さまは、「奉献とは、神のイノチの中に生きること」と説かれた。「他の人のために、より良く、生きるように、差し出すのです」
★2人のベトナムのシスターは、10年前に日本に来て、言葉や習慣や厳しい修練に耐えて、ここまで辿り着いた。これから長い人生、生涯をかけて、奉献・奉仕の生活を選んでいく。シスターの誓願文を聞きながら、「このシスターたちの修道女会は、聖コルベの精神を生きているのだな」と強く感じた。聖コルベの精神が守られるのは、嬉しいことです。2人のベトナム女性を長崎の地に招いた神の導きは、隠されていて、誰にも分からない。これからも神の導きに従って歩んで行くことだろう。
★ミサ・誓願式の後、修道院のホールで、祝賀会もあった。ベトナム人の司祭や、シスターたちが各地から集まってお祝いした。賑やかだった。乾杯はベトナム語で、私には「ヨォー」と聞こえた。ベトナム人の司祭に問いただすと、「DZOジョー」というそうだ。乾杯には、別の言葉もある、と言った。
★楽しい祝賀会だったが、午後1時過ぎていた。ホームで、1時30分から、入居の女性の葬儀がある。
★高原修道士さんが運転して、瀧神父さん、トマは車に乗って、ギリギリのところで、葬儀ミサに間に合った。ここでは一転、悲しみのミサ・祈りとなった。終わったのは、午後3時過ぎでした。職員さんから声をかけられた。「入院の準備は?」「あした、しよう」
★誓願をたてたのは、2人とも、ベトナム人のシスターだった。ベトナムからも、両親や家族が来られて、誓願式は喜びに包まれた。
★荘厳なラテン語のミサ讃美歌、奉献を誓う儀式、私にも修道士・奉献者の意識がよみがえった。大司教さまは、「奉献とは、神のイノチの中に生きること」と説かれた。「他の人のために、より良く、生きるように、差し出すのです」
★2人のベトナムのシスターは、10年前に日本に来て、言葉や習慣や厳しい修練に耐えて、ここまで辿り着いた。これから長い人生、生涯をかけて、奉献・奉仕の生活を選んでいく。シスターの誓願文を聞きながら、「このシスターたちの修道女会は、聖コルベの精神を生きているのだな」と強く感じた。聖コルベの精神が守られるのは、嬉しいことです。2人のベトナム女性を長崎の地に招いた神の導きは、隠されていて、誰にも分からない。これからも神の導きに従って歩んで行くことだろう。
★ミサ・誓願式の後、修道院のホールで、祝賀会もあった。ベトナム人の司祭や、シスターたちが各地から集まってお祝いした。賑やかだった。乾杯はベトナム語で、私には「ヨォー」と聞こえた。ベトナム人の司祭に問いただすと、「DZOジョー」というそうだ。乾杯には、別の言葉もある、と言った。
★楽しい祝賀会だったが、午後1時過ぎていた。ホームで、1時30分から、入居の女性の葬儀がある。
★高原修道士さんが運転して、瀧神父さん、トマは車に乗って、ギリギリのところで、葬儀ミサに間に合った。ここでは一転、悲しみのミサ・祈りとなった。終わったのは、午後3時過ぎでした。職員さんから声をかけられた。「入院の準備は?」「あした、しよう」
2019年11月3日日曜日
文化の日に、町の文化祭。絵手紙と書道を出展。これも楽しいよ
文化の日。わたしが子どもの頃は、「明治節」といった。明治天皇の誕生日です。お祝いしたものです。やっぱり呼び名が懐かしい。「明治は、遠く、遠く、なりにけり」
★文化の日に、鎌倉の潔さんから、ごらんの大きな「クリ」が沢山とどいた。もう、すぐ、食べられる。ありがたいです。「クリを食べれば、子供の頃を思い出す」。ホームの皆さんで、分け合って、感謝しながら、いただきます。
★文化の日に、高来町支所で、町の「文化祭」が行なわれている。浜口整骨院の夫妻にお願いして、瀧神父さんと一緒に、連れて行ってもらった。会場には、絵、写真、墨字、手作り作品が並んでいる。その中の「絵手紙コーナー」に、わたしの作品が展示されている。「絵手紙」の下・半分は、わたしの絵です。
★「ホームで老いを、心豊かに、91歳」と題が付けられている。絵手紙の先生が、奮発して、こんなにも並べてくださった。見物の女性が聞いた。「何年、習ったら、こんなにジョウズに、なったと、ですか」「ホームに来て、5年です」「へーェ、えらか、ね」
★「書道」も展示している。「聖フランシスコ園」。いいね。作品が少ないね。浜口の主人が、わたしに聞いた。「あの、真ん中の字、なんと読むんですか」。わたしが書いた字だが、とっさに、返答が出来ない。首をひねって「わからんね」。ホームに帰って調べてみた。9月3日の日記に書いてあった。
★保、冲、真。冲真を保つ。(冲という字が珍しい)。意味は、虚心無意にして、自然を保つ。(こんな「冲」の字があるのを、覚えきれないよ)。「この字が、いいね」と浜口主人は誉めた。
★楽しい文化の日になりました。大きな「クリ」も届いたし、ね。感謝。
★ホームの女性が、自室で、安らかに逝かれた。午後から「お通夜」です。
★文化の日に、鎌倉の潔さんから、ごらんの大きな「クリ」が沢山とどいた。もう、すぐ、食べられる。ありがたいです。「クリを食べれば、子供の頃を思い出す」。ホームの皆さんで、分け合って、感謝しながら、いただきます。
★文化の日に、高来町支所で、町の「文化祭」が行なわれている。浜口整骨院の夫妻にお願いして、瀧神父さんと一緒に、連れて行ってもらった。会場には、絵、写真、墨字、手作り作品が並んでいる。その中の「絵手紙コーナー」に、わたしの作品が展示されている。「絵手紙」の下・半分は、わたしの絵です。
★「ホームで老いを、心豊かに、91歳」と題が付けられている。絵手紙の先生が、奮発して、こんなにも並べてくださった。見物の女性が聞いた。「何年、習ったら、こんなにジョウズに、なったと、ですか」「ホームに来て、5年です」「へーェ、えらか、ね」
★「書道」も展示している。「聖フランシスコ園」。いいね。作品が少ないね。浜口の主人が、わたしに聞いた。「あの、真ん中の字、なんと読むんですか」。わたしが書いた字だが、とっさに、返答が出来ない。首をひねって「わからんね」。ホームに帰って調べてみた。9月3日の日記に書いてあった。
★保、冲、真。冲真を保つ。(冲という字が珍しい)。意味は、虚心無意にして、自然を保つ。(こんな「冲」の字があるのを、覚えきれないよ)。「この字が、いいね」と浜口主人は誉めた。
★楽しい文化の日になりました。大きな「クリ」も届いたし、ね。感謝。
★ホームの女性が、自室で、安らかに逝かれた。午後から「お通夜」です。
2019年11月2日土曜日
出ーたッ。誕生会の出し物。ナガサキ・さるく・おどり、だよ
今月の「誕生会」。5人がお祝いしました。
★毎月、変わる、職員さんたちの「出し物」。普通は、3、4人だが、オレも、ワタシも、希望者も出て、ハイ、ポーズ。こんな姿になりました。
★「なんば、おどる、とね?」「ナガサキ・さるく・踊り、たい」「へーぇ、そんなのが、あったとね。オモシロか」。踊り手たちは、張り切っていた。
★お祝いの昼食が始まって、踊りの出番となった。「さるく」とは「歩こう」の意味です。歌の文句は、こうでした。
★「さるこう、さるこう、さるこうで、先賢(せんけん)担いで、さるこうで」(歩こうよ、歩きなさい、歩こうで、先賢=わかるでしょう。背負って、歩こうや)
★次の文が、いい。「オランダ坂で、きゃーぶって、出島、丸山、眼鏡橋」(キャーぶって、とは、『カッコウ』つけて)。それが、ナガサキ・ジン、たい。
★長崎に、こんな踊りが、あったとか。知らん、やった、ばい。のぼすんな。寄って、くるな。いやらしか。おりゃ、すい、とっと。笑うしかない。ここの職員さんたちは芸が細かか。マイッタ。コウさん、ばい。
★みなさん、名優たちたい。びっくり、するばい。今度、1年間の「出し物」で、職員・出し物・大賞を出さんば、な。
★誕生会は楽しみたい。長生きは、喜びたい。うれしか。たのしかよ。ほんに、誕生会は、すい(好き)、とっと。職員さんの皆さん、ご苦労さま。介護の仕事もタイヘンなのに、それ以上のサービスだよ。ありがたいよ。
★「さるこうで」「さるこうで」。歩こうよ。歩こうよ。これはホームの皆さんへのススメでもある。与えられた人生を、これから楽しく、前向きに、歩こうよ。職員さんたちも、懸命に介護してくれる。「みんな家族だからね」。これが山内園長神父さんの信念。
★踊りは、動きまわるから、デジカメで撮るのも、むずかしいよ。思うような写真が撮れない。6人が揃って踊った「ナガサキ・さるく・おどり」だった。
★もちろん、おゴチソウもありました。栄養師さん、炊事場の職員さん、お食事、ありがとう。こうして今日の誕生会は終わりました。
★毎月、変わる、職員さんたちの「出し物」。普通は、3、4人だが、オレも、ワタシも、希望者も出て、ハイ、ポーズ。こんな姿になりました。
★「なんば、おどる、とね?」「ナガサキ・さるく・踊り、たい」「へーぇ、そんなのが、あったとね。オモシロか」。踊り手たちは、張り切っていた。
★お祝いの昼食が始まって、踊りの出番となった。「さるく」とは「歩こう」の意味です。歌の文句は、こうでした。
★「さるこう、さるこう、さるこうで、先賢(せんけん)担いで、さるこうで」(歩こうよ、歩きなさい、歩こうで、先賢=わかるでしょう。背負って、歩こうや)
★次の文が、いい。「オランダ坂で、きゃーぶって、出島、丸山、眼鏡橋」(キャーぶって、とは、『カッコウ』つけて)。それが、ナガサキ・ジン、たい。
★長崎に、こんな踊りが、あったとか。知らん、やった、ばい。のぼすんな。寄って、くるな。いやらしか。おりゃ、すい、とっと。笑うしかない。ここの職員さんたちは芸が細かか。マイッタ。コウさん、ばい。
★みなさん、名優たちたい。びっくり、するばい。今度、1年間の「出し物」で、職員・出し物・大賞を出さんば、な。
★誕生会は楽しみたい。長生きは、喜びたい。うれしか。たのしかよ。ほんに、誕生会は、すい(好き)、とっと。職員さんの皆さん、ご苦労さま。介護の仕事もタイヘンなのに、それ以上のサービスだよ。ありがたいよ。
★「さるこうで」「さるこうで」。歩こうよ。歩こうよ。これはホームの皆さんへのススメでもある。与えられた人生を、これから楽しく、前向きに、歩こうよ。職員さんたちも、懸命に介護してくれる。「みんな家族だからね」。これが山内園長神父さんの信念。
★踊りは、動きまわるから、デジカメで撮るのも、むずかしいよ。思うような写真が撮れない。6人が揃って踊った「ナガサキ・さるく・おどり」だった。
★もちろん、おゴチソウもありました。栄養師さん、炊事場の職員さん、お食事、ありがとう。こうして今日の誕生会は終わりました。
2019年11月1日金曜日
1.11.1。諸聖人の祭日のあさひ。故人の修道士を偲ぶ
令和1年11月1日。朝の太陽があがる。当然でしょう。しかしミサが終わって、ホームの廊下をあるくとき、ちょうど写真の日の出が今日なのです。急いでデジカメをつかんだ。有明海に静かに真っ赤な陽があがる。見事ですね。
★きょうは教会では「諸聖人の祭日」を祝いました。天国へ凱旋し、神の生命に入った聖人たちを思い、祈りました。十二使徒から、現代の聖人まで、すべての聖人を祝いました。歴史の厚みを感じます。みんな、私たちにも「つながれている」。生きるチカラを与えてくれます。
★昼食は、お祝いからか、ちらし寿司と天ぷらが出た。天ぷらを食べながら、70人分の天ぷらを揚げるのも、タイヘンやな、と思った。
★取材記者が、私に問うたことがある。「聖母の騎士で、修道士さん達だけで生活して、楽しかったですか」「そりゃ、みな、若かったからね。見詰める目標は、みな同じ。生活も同じ。しかし性格は違うから、面白かった」。その仲間の親しい修道士たちも、早々と故人になった。さみしいよ。
★昨日は、坂本千一修道士の命日だった。この先輩の思い出は、忘れない。「おもしろか、こと」で、目立っていた。修道士名は「カロロ」。「坂本さん」と呼ぶより、「カロロ」とか、「カロロさん」と親しんでいた。彼には幾つもの自慢があった。
★①先ずは軍隊に行ったこと。②「ドロさま」ゆかりの出津出身であること。外海にはトウゲ(峠)があって、向こう側は出津。手前が黒崎。中学校は、峠にあった。黒崎の子(走るのが早い)と出津の子(相撲が強い)は、お互いに競っていた。黒崎出身の修道士もいる。修道院でも、尾を引いた。③歌が好き。お祝いの会では必ず舞台にあがって、替え歌を披露した。④生涯、炊事担当で、「モンクを言うな」と笑顔で威圧していた。もう故人となって20年は過ぎた。それでも強烈に思い出は残る。
★教会では、明日は「死者の日」になっている。故人のため祈る日でもある。故人となった仲間修道士たちのためにも祈ろう。
★きょうは教会では「諸聖人の祭日」を祝いました。天国へ凱旋し、神の生命に入った聖人たちを思い、祈りました。十二使徒から、現代の聖人まで、すべての聖人を祝いました。歴史の厚みを感じます。みんな、私たちにも「つながれている」。生きるチカラを与えてくれます。
★昼食は、お祝いからか、ちらし寿司と天ぷらが出た。天ぷらを食べながら、70人分の天ぷらを揚げるのも、タイヘンやな、と思った。
★取材記者が、私に問うたことがある。「聖母の騎士で、修道士さん達だけで生活して、楽しかったですか」「そりゃ、みな、若かったからね。見詰める目標は、みな同じ。生活も同じ。しかし性格は違うから、面白かった」。その仲間の親しい修道士たちも、早々と故人になった。さみしいよ。
★昨日は、坂本千一修道士の命日だった。この先輩の思い出は、忘れない。「おもしろか、こと」で、目立っていた。修道士名は「カロロ」。「坂本さん」と呼ぶより、「カロロ」とか、「カロロさん」と親しんでいた。彼には幾つもの自慢があった。
★①先ずは軍隊に行ったこと。②「ドロさま」ゆかりの出津出身であること。外海にはトウゲ(峠)があって、向こう側は出津。手前が黒崎。中学校は、峠にあった。黒崎の子(走るのが早い)と出津の子(相撲が強い)は、お互いに競っていた。黒崎出身の修道士もいる。修道院でも、尾を引いた。③歌が好き。お祝いの会では必ず舞台にあがって、替え歌を披露した。④生涯、炊事担当で、「モンクを言うな」と笑顔で威圧していた。もう故人となって20年は過ぎた。それでも強烈に思い出は残る。
★教会では、明日は「死者の日」になっている。故人のため祈る日でもある。故人となった仲間修道士たちのためにも祈ろう。
2019年10月31日木曜日
10月も終わり。ホームに秋の日差し。いつ苦しみが来るか
早朝、5時15分には教会に入る。一番静かな心の時間。自問自答もある。10月も終わる。ロザリオの月であった。ホームで暮らす人生に、どういう意味があるのだろう。余生をゆっくり送ることか。今日の聖人伝を読む。16世紀のイエズス会の修道士。何十年間、修道院の受付を務めた。お客さんは、キリストさまが来られる。その心で、優しさと愛。聖人の評判が高まった。その修道士も晩年は苦しい病気にかかる。苦しみの中にも、キリストと共に生き抜いた。聖人でも沢山の苦しみがあった。
★信仰とは「幸せを下さい、下さい」だけではない。家内安全、信仰すれば、幸いになれる。願い事が叶えられる。そうではない。信仰に徹した聖人たちも、病気でも、仕事でも、沢山苦しんだ。苦しみの足跡を残している。信仰者は苦しみで試される。本当に愛があるのか。いかに苦しみを受け取るのか。弱音をはいて、つぶやいて嘆くのか。キリストさまと一緒に苦しむのか。先達たちの足跡に倣って、残り少ない今の人生を、キリストさまと一緒に苦しみたい、そんな気持ちになった。
★ホームに居て、何が出来るのか。常に問いつづける。教会を出るとき、「語りべ、がんばりなさいよ」と声をかけられる。「ウン、そうだな」。思いますよ。生きている限りは、ね。
★信仰とは「幸せを下さい、下さい」だけではない。家内安全、信仰すれば、幸いになれる。願い事が叶えられる。そうではない。信仰に徹した聖人たちも、病気でも、仕事でも、沢山苦しんだ。苦しみの足跡を残している。信仰者は苦しみで試される。本当に愛があるのか。いかに苦しみを受け取るのか。弱音をはいて、つぶやいて嘆くのか。キリストさまと一緒に苦しむのか。先達たちの足跡に倣って、残り少ない今の人生を、キリストさまと一緒に苦しみたい、そんな気持ちになった。
★ホームに居て、何が出来るのか。常に問いつづける。教会を出るとき、「語りべ、がんばりなさいよ」と声をかけられる。「ウン、そうだな」。思いますよ。生きている限りは、ね。
2019年10月30日水曜日
神戸から突然のお客さん。なじみの「尼さん」。優しい心の支え
夕方、自室の拡声器から「神戸から、お客さんです。どうしますか?」「何人ですか?」「お二人です」「自室にお願いします」(誰だろう?と、心のなか)
★自室で出会って、びっくり。長年、親交のある「尼さん」だった。いつも「尼さん」と呼び掛け、親しんでいる。「よく、まあ、いらっしゃいました」と喜んで迎えた。「長崎に?」「真っ先に、ここへ来たのよ」「え、え、ありがたい」。お互い喜びで、ニコニコ顔。お連れの女性は、尼さんと「八十八か所巡礼」をして知り合いになったという。明るい女性だった。運転をして、尼さんを諫早駅からお連れした。
★長年、尼さんとは、親しい間柄です。尼さんには、人を癒すチカラがある。自分自身が、病と闘い克服した。病む人や、弱い人を包み込む優しさがある。人は、親身になって寄り添う人が居れば、救われる。特に尼さんについて、トマが記憶しているのが、久松修道士の終末・病気のとき、尼さんは本当に親身になって看護してくださった。その他、セルギウス修道士や、ローマン修道士、ポーランド人の修道士たちも、よく知っている。聖母の騎士に理解を示し、集会や祝賀会のある時は、数人で姿を見せる。濱田神父さんが団長の「海外の巡礼」にも参加した。
★長崎へ用事で来られたのか。真っ先にトマの所に来てもらって嬉しかった。尼さんには優しい手の温もりがあり、眼差しがある。「オーラ」を感じる。ホトケさまも、マリアさまも、尼さんも、修道士も、歩く足音は、皆、いっしょ。ふしぎと「尼さん」には、こころ通じる気持ちがある。「助け合いましょう」「奉仕させてください」。暗黙のうちに、心は通じる。人間、誰しも『業(ごう)』を背負って生きているが、負けないタメのチカラも要る。
★自室で、尼さんに、近況を知らせるため、「91歳、日記を、10年」のテレビの録画を見てもらった。尼さんの温かさに癒された。思いがけないお客さんの出現に、喜びと励ましを感じた。夕方5時、夕食が近づいたので、お別れした。親愛なる尼さん、お元気で、訪問してくれて、ありがとう。
★自室で出会って、びっくり。長年、親交のある「尼さん」だった。いつも「尼さん」と呼び掛け、親しんでいる。「よく、まあ、いらっしゃいました」と喜んで迎えた。「長崎に?」「真っ先に、ここへ来たのよ」「え、え、ありがたい」。お互い喜びで、ニコニコ顔。お連れの女性は、尼さんと「八十八か所巡礼」をして知り合いになったという。明るい女性だった。運転をして、尼さんを諫早駅からお連れした。
★長年、尼さんとは、親しい間柄です。尼さんには、人を癒すチカラがある。自分自身が、病と闘い克服した。病む人や、弱い人を包み込む優しさがある。人は、親身になって寄り添う人が居れば、救われる。特に尼さんについて、トマが記憶しているのが、久松修道士の終末・病気のとき、尼さんは本当に親身になって看護してくださった。その他、セルギウス修道士や、ローマン修道士、ポーランド人の修道士たちも、よく知っている。聖母の騎士に理解を示し、集会や祝賀会のある時は、数人で姿を見せる。濱田神父さんが団長の「海外の巡礼」にも参加した。
★長崎へ用事で来られたのか。真っ先にトマの所に来てもらって嬉しかった。尼さんには優しい手の温もりがあり、眼差しがある。「オーラ」を感じる。ホトケさまも、マリアさまも、尼さんも、修道士も、歩く足音は、皆、いっしょ。ふしぎと「尼さん」には、こころ通じる気持ちがある。「助け合いましょう」「奉仕させてください」。暗黙のうちに、心は通じる。人間、誰しも『業(ごう)』を背負って生きているが、負けないタメのチカラも要る。
★自室で、尼さんに、近況を知らせるため、「91歳、日記を、10年」のテレビの録画を見てもらった。尼さんの温かさに癒された。思いがけないお客さんの出現に、喜びと励ましを感じた。夕方5時、夕食が近づいたので、お別れした。親愛なる尼さん、お元気で、訪問してくれて、ありがとう。
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