フランスから親友のジャムさんが来る。お久しぶり。この間、来たのは、去年の12月、クリスマスの日だった。
★今度の来日は?ラグビー・ワールドカップ(W杯)フランス勢の応援のため。11人の仲間と来た。きのう、熊本で応援合戦があった。フランス、トンガと対戦。23対21で辛勝した。そりゃ喜びましたよ。よかったね。フランスから応援に来た手ごたえがあった。
★もう1つは、長崎の日仏協会は、ジャムさんが暮らすトゥールーズの仏日協会と親睦・交流を持っている。昨年は長崎の11人の皆さんが、トゥールーズを訪問して親睦を深めた。ことしは、フランスから11人が長崎を訪問した。ジャムさんも、その1人。午後から県庁や、市長さんに挨拶する予定。その間を縫って、ホームを訪ねた。
★私には「長崎・原子爆弾・18日間の記憶」の冊子がある。この度、ジャムさんは、それをフランス語の冊子にまとめて持ってきてくれた。フランス人も長崎・原爆の事は知っている。縦21cm、横15cm。36ページに短くまとめている。
★フランス語は分からないが、マキシミリアン・コルベの名前もあった。私の母と、小学生の頃の写真。トンネル工場の写真。原爆や、原爆落下中心地、浦上天主堂の写真も添えられている。トゥールーズで音楽祭を開いて、配布したいと熱意に燃えていた。毎度、こうして尽くしてくれるジャムさんの心遣いが嬉しい。深い愛を感じる。
★ジャムさんに出会ったのは聖コルベ館に勤めている時だった。暑い夏の日、ちょうど出かけようとしていたところに、外国人が1人で入って来た。汗を流し、暑そうにしている。展示室の長椅子に座らせて、1杯の冷たい飲み物を差し上げた。喜んで外国人は飲んだ。それがジャムさんだった。
★1杯の冷たい飲み物を忘れなかった。ブログの日記で、ホームに入居した事を知ったジャムさんは、2年前の夏に、ホームまで見舞いに来た。それから思わぬご縁が出来る。「トマさんのことば」小著を渡すと、ジャムさんは、フランス語で出版した。ご縁は更に深まり、親友となった。
★ジャムさん、今度も来てくれて、ありがとう。ご縁を深めましょう。遠いフランスにも大切な愛の味方が、いる。
長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2019年10月7日月曜日
2019年10月6日日曜日
傾聴ボランチアの女性が来る。話した1時間。心はさわやかに
午前9時半、決まった時間に、傾聴ボランチアの女性が来る。姿を見る度に思うのだが、長崎市から、わざわざ休日の時間と、自分で列車・バス代を払って、ホームまで約束の日に来てくださる。当方の、勝手な思いを、そのまま聞いてくださる。誰が、そのような人が居るだろうか。有り難い事です。アタマがさがります。
★喜びも悩みも話していいのでしょうが、先ず健康の話ですね。1月に「急性肺炎」で緊急入院をした。春、夏は、そう感じなかったが、その影響か、秋、冬が近づくと、今頃になって、心臓や肺に、動悸や圧迫感を感じる。だから、この冬を如何に過ごすか、不安がある。冬は、ニガテです。風邪に弱いのです。
★それに、歩行が「しんどく」なった。長くは歩けない。押し車で、教会、三度の食事に、長い廊下を歩いている。老いが進んで、車椅子になると大変です。
★人生、苦しかったのは病気です。毎回、言いますが、今まで、よく生き延びたと思います。22歳で右の腎臓を切除した。原爆後の長崎は、医療も不完全だった。町の小さな医院で、1人の外科医でやって除けた。25歳で左の腎臓も病む。幸い、助ける薬があった。以来、今まで腎臓は働き続けている。恵みと思いますよ。よいお医者さんに出会うのが長生きの秘訣と思います。
★最近は、過去は考えない。有るのは未来です。ホームで司祭、修道士たちの最後を看取った。自分も彼らのように、安らかに逝きたい。その思いはあります。どういう終末を迎えるか、最後の仕事ですね。
★歩くのも、シンドクなると、持ち物の整理をしたい。必要なモノは、衣類です。冬に備えるため、どんな衣類を持っているのか、調べています。必要な衣類を残す。持っている本や、品物は、じょじょに減らしていく。物品の整理も考えます。
★ホームの話、医師や看護師さんの話、大のトイレの話、睡眠の話、薬を減らしている話、入浴の話、面会人や宅急便、手紙が来ない話、みんな聞いてくれました。22回目になる。同じ話を毎度、語ってすみません。来月の日を決めて、帰られた。
★自室の窓から、道を大回りして、速足で歩く姿が見えた。熱い思いが胸に込み上げてきた。
★喜びも悩みも話していいのでしょうが、先ず健康の話ですね。1月に「急性肺炎」で緊急入院をした。春、夏は、そう感じなかったが、その影響か、秋、冬が近づくと、今頃になって、心臓や肺に、動悸や圧迫感を感じる。だから、この冬を如何に過ごすか、不安がある。冬は、ニガテです。風邪に弱いのです。
★それに、歩行が「しんどく」なった。長くは歩けない。押し車で、教会、三度の食事に、長い廊下を歩いている。老いが進んで、車椅子になると大変です。
★人生、苦しかったのは病気です。毎回、言いますが、今まで、よく生き延びたと思います。22歳で右の腎臓を切除した。原爆後の長崎は、医療も不完全だった。町の小さな医院で、1人の外科医でやって除けた。25歳で左の腎臓も病む。幸い、助ける薬があった。以来、今まで腎臓は働き続けている。恵みと思いますよ。よいお医者さんに出会うのが長生きの秘訣と思います。
★最近は、過去は考えない。有るのは未来です。ホームで司祭、修道士たちの最後を看取った。自分も彼らのように、安らかに逝きたい。その思いはあります。どういう終末を迎えるか、最後の仕事ですね。
★歩くのも、シンドクなると、持ち物の整理をしたい。必要なモノは、衣類です。冬に備えるため、どんな衣類を持っているのか、調べています。必要な衣類を残す。持っている本や、品物は、じょじょに減らしていく。物品の整理も考えます。
★ホームの話、医師や看護師さんの話、大のトイレの話、睡眠の話、薬を減らしている話、入浴の話、面会人や宅急便、手紙が来ない話、みんな聞いてくれました。22回目になる。同じ話を毎度、語ってすみません。来月の日を決めて、帰られた。
★自室の窓から、道を大回りして、速足で歩く姿が見えた。熱い思いが胸に込み上げてきた。
2019年10月5日土曜日
誕生会は、ジャ踊りで、盛り上がった。皆さん、長生きしてね
10月の誕生会。この月は、5人が誕生日を迎える。おめでたいことです。
★誕生会といえば、聖フランシスコ園では、職員による「出し物」です。
★今月の「出し物」は何ですか。準備は整っていました。
★長崎では、10月7,8,9日は「おくんち」です。長崎のお祭りです。船も出れば、有名な蛇(じゃ)踊りも出る。
★「え?それ、まさか、ジャ踊り?」
★「ナンジャ踊りです」
★うまく選んだね。ちょうど、いい時期だからね。アイデアが、いい。蛇(じゃ)といっても、ヘビじゃない。アタマが長くて、ツノもある。天空を舞うジャだよ。大きな丸いタマがあって、それをジャが追いかける。豪快な踊りで、圧倒される。ジャの本体も、黄金のタマも手作りだよ。職員さんの情熱がこもっている。
★堂々の入場だ。みんなは「アッと、おどろく」。恰好いいね。「ジャン、ジャン」と、ドラがなる。にぎやかな音楽に合わせて、踊るよ、オドル。やっぱりナガサキだな。いいね。
★ハクシュ、笑い、唖然、そして拍手。一周して、退場すると、「モッテ、来ーォい」「モッテ、来ーォい」(また来て、チョウダイ)の叫び。これが、いつもの習いです。これがなければ、盛り上がらない。結局、3回入って来た。
★おゴチソウもありました。刺身に、お赤飯、お頭つきの鯛。長崎のおまんじゅう。お料理を作るのもタイヘンです。皆さんを喜ばせようとしての心遣いです。愛情です。ああ、きょうの一日は、よかったな。たのしかったな。長生きするよ。
★誕生会といえば、聖フランシスコ園では、職員による「出し物」です。
★今月の「出し物」は何ですか。準備は整っていました。
★長崎では、10月7,8,9日は「おくんち」です。長崎のお祭りです。船も出れば、有名な蛇(じゃ)踊りも出る。
★「え?それ、まさか、ジャ踊り?」
★「ナンジャ踊りです」
★うまく選んだね。ちょうど、いい時期だからね。アイデアが、いい。蛇(じゃ)といっても、ヘビじゃない。アタマが長くて、ツノもある。天空を舞うジャだよ。大きな丸いタマがあって、それをジャが追いかける。豪快な踊りで、圧倒される。ジャの本体も、黄金のタマも手作りだよ。職員さんの情熱がこもっている。
★堂々の入場だ。みんなは「アッと、おどろく」。恰好いいね。「ジャン、ジャン」と、ドラがなる。にぎやかな音楽に合わせて、踊るよ、オドル。やっぱりナガサキだな。いいね。
★おゴチソウもありました。刺身に、お赤飯、お頭つきの鯛。長崎のおまんじゅう。お料理を作るのもタイヘンです。皆さんを喜ばせようとしての心遣いです。愛情です。ああ、きょうの一日は、よかったな。たのしかったな。長生きするよ。
2019年10月4日金曜日
アシジの聖フランシスコの祭日。修道会の創立者。園の保護者
イタリア・アシジの聖フランシスコの祭日です。本修道会の創立者です。ホーム聖フランシスコ園の保護者でもある。
★アシジの聖フランシスコ大聖堂の地下にある聖フランシスコのお墓です。ご遺体が置かれています。石で固められた素朴なお墓ですが、この場所に入ると、深遠な静けさと、安らぎを感じます。最初の巡礼は1971年。最後は2003年、この時は聖フランシスコの祭日に当たっていました。この日はイタリアでは国の休日で、沢山の巡礼者たちが集まって祈っていました。
★聖フランシスコは「愛と平和」の聖人です。誰からも好かれている有名な聖人です。アシジの豪商の息子だったが、神の声を聞いて、素直に従い、清貧に生きることを選びました。重い皮膚病の人を抱きしめて看護する。一晩中、神さまに祈りを捧げる。森の動物、小鳥たちを「兄弟」と呼び、小川の流れや空の星々を「姉妹」と呼ぶ優しさ。争いを好まず、文句を言われると、そのまま席をゆずります。誰をも恨みません。ただ、ひたすら主イエスの如く生きるのを熱望しました。最初にクリスマスの「馬小屋」を実現したのも聖フランシスコでした。
★聖フランシスコを慕う修道者たちが増えました。彼らは聖フランシスコの精神を世界に広げて行きました。社会にあって、聖フランシスコの精神で生きる人たちは「在俗フランシスコ会」となりました。私が聖母の騎士に入った時、コルベ神父の修道院が「聖フランシスコ修道会」とは全く知らなかった。じょじょに、その精神を教えられ、修道者たちの生活に触れて、初めて、すばらしい修道会であるのを認識した。写真は2003年10月に写したものです。余りにも大勢の人たちの熱狂に驚きました。みんな聖フランシスコが好きなんです。
★聖フランシスコは主イエスのように生きるのを熱望して、祈り、黙想して、晩年にはイエスの5つの御傷をわが身に受ける恵みをいただきます。しかし目や身体に痛みを体験して苦しみます。すべてを主イエスに捧げました。
★湯江教会と、ホームの園は、聖フランシスコを保護者にしています。聖フランシスコのように、愛と平和の心で生きたいと願います。今度、来日される教皇さまも、フランシスコのお名前をいただいております。教皇フランシスコさまが無事に巡礼を果たされるのを祈り待っております。
★アシジの聖フランシスコ大聖堂の地下にある聖フランシスコのお墓です。ご遺体が置かれています。石で固められた素朴なお墓ですが、この場所に入ると、深遠な静けさと、安らぎを感じます。最初の巡礼は1971年。最後は2003年、この時は聖フランシスコの祭日に当たっていました。この日はイタリアでは国の休日で、沢山の巡礼者たちが集まって祈っていました。
★聖フランシスコは「愛と平和」の聖人です。誰からも好かれている有名な聖人です。アシジの豪商の息子だったが、神の声を聞いて、素直に従い、清貧に生きることを選びました。重い皮膚病の人を抱きしめて看護する。一晩中、神さまに祈りを捧げる。森の動物、小鳥たちを「兄弟」と呼び、小川の流れや空の星々を「姉妹」と呼ぶ優しさ。争いを好まず、文句を言われると、そのまま席をゆずります。誰をも恨みません。ただ、ひたすら主イエスの如く生きるのを熱望しました。最初にクリスマスの「馬小屋」を実現したのも聖フランシスコでした。
★聖フランシスコを慕う修道者たちが増えました。彼らは聖フランシスコの精神を世界に広げて行きました。社会にあって、聖フランシスコの精神で生きる人たちは「在俗フランシスコ会」となりました。私が聖母の騎士に入った時、コルベ神父の修道院が「聖フランシスコ修道会」とは全く知らなかった。じょじょに、その精神を教えられ、修道者たちの生活に触れて、初めて、すばらしい修道会であるのを認識した。写真は2003年10月に写したものです。余りにも大勢の人たちの熱狂に驚きました。みんな聖フランシスコが好きなんです。
★聖フランシスコは主イエスのように生きるのを熱望して、祈り、黙想して、晩年にはイエスの5つの御傷をわが身に受ける恵みをいただきます。しかし目や身体に痛みを体験して苦しみます。すべてを主イエスに捧げました。
★湯江教会と、ホームの園は、聖フランシスコを保護者にしています。聖フランシスコのように、愛と平和の心で生きたいと願います。今度、来日される教皇さまも、フランシスコのお名前をいただいております。教皇フランシスコさまが無事に巡礼を果たされるのを祈り待っております。
2019年10月3日木曜日
ヘンな雲だな。この雲に何を感じるか。足跡は色で染まっている
ホームに居て、窓から見えた。ヘンな雲。何を感じますか。何か起こるのか。イヤだな。白いハズの雲が、オレンジ色に染まっている。やっぱりヘンだな、思います。なぜ、こんな雲が現われるのか。何かを訴えているのか。
★自分の人生を振り返えります。人間って、人生には、いろいろな事が起こりますね。有りますよね。はっきり言えることは、足跡は立派なシロではなかった。自分には欲望のカタマリがあり、隠れた所で、秘かに呼吸していた事もあった。自分を守るために戦いもしてきた。他人も傷つけた。いかに表面はリッパに見えても、その本心はオレンジ色に染まっていた。ジーッと雲を見て、そう思いますよ。
★「日記を書いて10年」だって。誇るなよ。本当の自分の痕跡や悩みは、とても、とても正直には書けません。人間の弱さで、あらわに出来ない部分が幾つもある。改心と、救いが必要です。「我が過ちなり」と、胸を叩くばかりです。
★老いて、欲望は失せたのだろうか。人間は、確かに老いて、枯れていく。だが背中には悔いと反省の重圧を感じるのです。
★自分の人生を振り返えります。人間って、人生には、いろいろな事が起こりますね。有りますよね。はっきり言えることは、足跡は立派なシロではなかった。自分には欲望のカタマリがあり、隠れた所で、秘かに呼吸していた事もあった。自分を守るために戦いもしてきた。他人も傷つけた。いかに表面はリッパに見えても、その本心はオレンジ色に染まっていた。ジーッと雲を見て、そう思いますよ。
★「日記を書いて10年」だって。誇るなよ。本当の自分の痕跡や悩みは、とても、とても正直には書けません。人間の弱さで、あらわに出来ない部分が幾つもある。改心と、救いが必要です。「我が過ちなり」と、胸を叩くばかりです。
★老いて、欲望は失せたのだろうか。人間は、確かに老いて、枯れていく。だが背中には悔いと反省の重圧を感じるのです。
2019年10月2日水曜日
老いても、感謝と、ねぎらいと、ほほ笑みは、出来るでしょう
きょうは、月1度の「礼拝の日」でした。普段、教会に来れない入居者も、職員さんの介護を受けて、教会で祈ることが出来ます。教会に行って、祈れば、心が安らぎます。
★白髪になっても、生きる意味はある。だから喜んで生きる。じょじょに歩くのもツラクなってきます。仕方がないです。でも「ありがとう」「おつかれさま」は言えるでしょう。ニコッと、ほほ笑みは出来るでしょう。人間には、時がある。限度がある。しっかり今日の日を生きよう。
★今日は「守護の天使」の日です、と教会で教えられた。誰にでも一位の天使が付いていて、善をすすめ、悪を避けされるよう、守って下さる。子供の頃は、有り難いと思いました。
★少年の頃は、人間には肉体と霊性がある。この2つの中で、善と悪の戦いがある。人間には、全く知らない別の世界で、霊だけの存在があり、彼らの中にも善と悪の戦いがあった。だから天使や悪魔の存在も信じられる、と思っていた。
★今夜は、守護の天使の事を思いながら、感謝しながら、眠りにつこう。
★白髪になっても、生きる意味はある。だから喜んで生きる。じょじょに歩くのもツラクなってきます。仕方がないです。でも「ありがとう」「おつかれさま」は言えるでしょう。ニコッと、ほほ笑みは出来るでしょう。人間には、時がある。限度がある。しっかり今日の日を生きよう。
★今日は「守護の天使」の日です、と教会で教えられた。誰にでも一位の天使が付いていて、善をすすめ、悪を避けされるよう、守って下さる。子供の頃は、有り難いと思いました。
★少年の頃は、人間には肉体と霊性がある。この2つの中で、善と悪の戦いがある。人間には、全く知らない別の世界で、霊だけの存在があり、彼らの中にも善と悪の戦いがあった。だから天使や悪魔の存在も信じられる、と思っていた。
★今夜は、守護の天使の事を思いながら、感謝しながら、眠りにつこう。
2019年10月1日火曜日
コスモスの花が咲いたよ。入所5年を経過する。思い出の花
今朝、ミサの初めに司祭が告げた。「今日から10月です。ロザリオの月になります。ロザリオの祈りを唱えましょう。次に教会では『幼いイエスの聖テレジア』の記念日です」
★聖テレジアは観想修道女会のシスターで、自叙伝を書いて有名になった。若くして逝かれる。テレジアの洗礼名を頂いている女性は多い。コルベ神父は「自分はこの世で働くから、あなたは天国から恵みのバラを降らせてください」と祈って、難題の実現もあった。
★朝食のとき、「あれ、コスモスだよ」と声がした。食卓の脇の大きなガラス戸のソバに、赤いコスモスが揺れていた。「ああ、もうコスモスの時期か、5年が過ぎたな」。思わず、つぶやいた。入居したのは、コスモスの花咲く10月であった。この花の思い出だけは忘れない。新たな人生・出発点のコスモスでもある。
★入所した頃の苦しみは、本当にシンドかった。夜は眠れないし、昼は気力がない。何をしていいのか、タマシイが抜けた状態だった。まともな字が書けない。新聞を読むと眠たくなる。今の自分に何が出来るのか。生きる意味があるのか。危ないぞ、コケるな。道の階段で、ガクンとなる。畳に座り、ボーッとしている日々。ますますアウト。自分がどのような状態なのかすら分からない。それでも「受けて、生きるしか、道はない」
★入所の翌日か、ホームから小型のバスが出て、近所のコスモス畑を見物に出かけた。その時の写真です。隣に女性がいる。職員の誰が撮ったのか分からない。写真はビニールで覆われて、私の手元に残されてある。隣の女性はカトリックではなかった。2年後か、洗礼を受ける。いつの頃からか、同じ食卓で食事をしている。これも何かの縁かとも思う。
★この10月で、まる5年が過ぎるが、その間、意識も、気力も、生きる力も、意味も、すべて前向きに変わってきた。職員さんたちの介護や周りの人たちのお陰だと感謝している。5年の間には、誓願の金祝もあったし、新たな出会いも数々あった。「生かされて、今日も、祈る」が、ピッタリの言葉。希望のある喜びの日々を呼吸しております。
★聖テレジアは観想修道女会のシスターで、自叙伝を書いて有名になった。若くして逝かれる。テレジアの洗礼名を頂いている女性は多い。コルベ神父は「自分はこの世で働くから、あなたは天国から恵みのバラを降らせてください」と祈って、難題の実現もあった。
★朝食のとき、「あれ、コスモスだよ」と声がした。食卓の脇の大きなガラス戸のソバに、赤いコスモスが揺れていた。「ああ、もうコスモスの時期か、5年が過ぎたな」。思わず、つぶやいた。入居したのは、コスモスの花咲く10月であった。この花の思い出だけは忘れない。新たな人生・出発点のコスモスでもある。
★入所した頃の苦しみは、本当にシンドかった。夜は眠れないし、昼は気力がない。何をしていいのか、タマシイが抜けた状態だった。まともな字が書けない。新聞を読むと眠たくなる。今の自分に何が出来るのか。生きる意味があるのか。危ないぞ、コケるな。道の階段で、ガクンとなる。畳に座り、ボーッとしている日々。ますますアウト。自分がどのような状態なのかすら分からない。それでも「受けて、生きるしか、道はない」
★この10月で、まる5年が過ぎるが、その間、意識も、気力も、生きる力も、意味も、すべて前向きに変わってきた。職員さんたちの介護や周りの人たちのお陰だと感謝している。5年の間には、誓願の金祝もあったし、新たな出会いも数々あった。「生かされて、今日も、祈る」が、ピッタリの言葉。希望のある喜びの日々を呼吸しております。
登録:
投稿 (Atom)





