2017年11月29日水曜日

日帰りドライブ、楽しさと喜び。紅葉の美しさに感動


朝食は8時15分からです。日帰りドライブは9時出発です。あわただしい朝でした。島原から雲仙へ。小地獄の「青雲荘」に着いたのは11時30分でした。昼食、温泉、カラオケで盛り上がり、出発は午後2時30分でした。ホーム着は4時30分です。自室へ入ると、すぐ教会の祈りを唱えました。5時15分から夕食です。何が言いたいのかというと、時間が遅くなったことです。手を洗って、歯を磨いて、顔を洗って、ホットしたところでパソコンに向かっています。一番印象に残ったのは、車窓から見る秋の終わりの景色、紅葉の美しさでした。内容については、また明日でも記しましょう。楽しい、満足した一日でした。

2017年11月28日火曜日

生きているから、花も咲く。ホームも色々行事あり

ホームの隣、湯江教会の祭壇の生け花です。毎日、この教会で、早朝は、教会の祈りとミサ、午後3時15分からロザリオと夕べの祈りを共同で捧げています。祈れることは幸せです。「生きているからこそ、花も咲く」。そんな言葉もボンヤリと考えました。最近の気持ちは、どうですか?
★人生には思いがけない苦しみ、困難が来ることがあるんですね。それでも生きなければ、ならぬ。十字架を背負わなければ、ならない。神はそれを望まれる。ツライですよ。でも受けて立つ。最後まで背筋を真っ直ぐにして生きたいと思いますよ。
★金祝のお祝いの時に、お会いした五島・福江のスエミさんから「ふくれ・まんじゅう」を送りますからね」と声をかけられた。ありがたいことです。オラショの旅で、五島を巡礼した時、いつも「ふくれ・まんじゅう」の贈り物を頂きました。食べて、ゲンキが出て、笑いがバスの中で起こったものです。懐かしい思い出の「まんじゅう」です。ホームの栄養師さんに「ふかして」もらって分けて食べました。
★今日は、午後から車で20分ほどの歯科医院へ歯の治療に出かけます。台に上って治療に1時間はかかります。帰って来るのは4時前でしょう。
★明日は、ホームから「日帰りドライブ」に出かけます。9時出発だそうです。帰りは遅いでしょう。行先は雲仙の「青雲荘」です。残念ながら紅葉はもう過ぎたでしょう。豪華な昼食や、温泉、カラオケなどが楽しめるでしょう。ホームに居ても、結構、動き周る行事があります。「ホームにお世話になるなら、ゲンキなうちに入りなさい。生活に慣れる経験も必要です」と勧めます。

2017年11月27日月曜日

今年も歌って聞かせてくれた。東長崎教会の皆さん


ホームに来る慰問は、多々あるわけでは、ありません。年末が近づくと、毎年、来て下さるのが、このメンバーです。各個人の車に便乗して、約1時間はかかるでしょう。東長崎のカトリック教会の聖歌隊の皆さんです。聖歌はもちろん、「長崎の鐘」や、その他、懐かしい思い出の歌など、1時間ほど歌って慰めてくれました。善意が通じて、胸が篤くなります。激しい踊りの「ソーラン節」もありました。小学生、中学生が踊っていた。ゲンキやなァ。カッパツやなァ。子ども達が作った「クイズ」もあった。ちゃんと絵も準備していた。今年も歌声ありがとう。楽しい交流のひと時を過ごしました。楽しみにしております。

2017年11月26日日曜日

久義さんのファイルの行方は、どこだ?心配したよ

茨城の久義さんから、ホームにリンゴ2箱が届いた。「金祝のお祝いに参加したい。お土産を持って来ないから、リンゴを先に送ります。大曾神父さま、西山神父さま、村山修道士さん、トマさんで分けて食べて下さい」。トマは10個取って、後は3人で分けた。蜜が入った美味しいリンゴだった。自室の周辺の信者女性たちと食べた。
★久義さんとは、ご縁がある。彼が聖母の騎士園から、学園(小神学校)に入学する時、中学生の彼に「ラテン語」を教えた。当時のトマの日記手帳に記してある。1954年(昭和29年)2月20日「夕食後、久義にラテン語を教える。第1活用、第1変化、第2変化、来週は形容詞に入る」。2月28日「明日から代名詞に入る」。3月4日「神父さま、修道士、トマ、久義を呼んで茶話会」。3月27日「久義のラテン語、第5変化」。4月9日「久義、他2人の入学者も居た。神父さまと送別会。久義は小神学校へ行った」。「久義に冗談を言った。『ラテン語5の成績でないと帰ってくるなよ』。今となっては、日記の記事も懐かしい。
★金祝の当日、教会の中で、今からミサが始まろうとする時、久義さんがトマの席の横に来て、声かけた。「誰だ?あなたは?」「久義だよ」「ええ?変ったな。社長サンの如くある」。すると久義さんは、ファイルに収まった手紙のコピーを渡した。「この手紙で、人生、力づけられた」と言って、彼は少し涙ぐんだ。パラ、パラとめくれば、小神学校へ移った年の久義宛のトマから手紙だった。いま残念に思う。あの時、久義さんを写真に撮ればよかった。ミサが終わり、記念のパーティとなる。大勢の人数で、久義さんと話す機会を失った。
★パーティでは、トマは枝美子さん(竹内管区長神父さまのお母さん)の隣に座って、食べ、話し、すっかり好い気分になった。久義さんのファイルは、イスの下、床に立てて置いた。用件があって、席を外して、そのことでファイルの存在を忘れてしまった。帰りの車に乗って思いだす。高原修道士さんに頼んで会場を探してもらった。「ない、よ」の返事。がっかりしてホームに帰った次第です。
★その夜、枝美子さんから携帯に声が入った。「トマさん、大事な物、わたしが持っているからね。ハハハ(の笑い声)」。ああ、有ったのだ。安心して眠れた。翌日、ファイルは届いた。改めて、当時、自分が書いた手紙に遭遇したわけだ。久義が小神学校に入った年に4通。3年後の1957年の手紙が1通。年代の記載はないが、退会して、結婚する話があった頃の手紙が、2通あった。「秋になると、結婚式ですね」。そして長い年月が経過した。昨年か、結婚50周年の金祝を迎えた、と通知があった。こうした一連の流れを考えると、ジンセイって本当に長く、様々な出来事、出会いが起こるんだね、そう、しみじみ思います。久義さん、君の写真をも撮らなかったのが、残念だよ。この日記に載せたかったのに。リンゴでガマンするしかないよ。
★ファイルには、彼が入学する前にトマが書いたラテン語の手紙が残っていた。「いま読んで意味が分かりません」

2017年11月25日土曜日

「トマさんのことば」の2人に出会った。沖縄の司祭

金祝の日に、久しぶりに野々村哲さん、塩沢美樹さんに出会った。「トマさんのことば」の編集者です。今は、トマが撮った「昭和の修道士たちの写真集」をまとめて下さっている。白黒の写真で、下地になる写真を見せてくれた。ゼノ修道士、セルギウス修道士、カシアノ修道士など、ポーランド人の修道士、それに日本人修道士たちの生活写真、ポーランド・ニエポカラヌフ修道院の修道士たち、などなど、1970年代の写真で、懐かしい写真があります。「眠らせるのは、もったいない」意向で、取り組んでいる。どういう写真集が出来るか、これも楽しみにしています。期待しています。
★写真に収まっている、左から2人目は、稲国安彦神父さまです。沖縄の教会で司牧・宣教に活躍している。トマが小神学校(中・高校)のときの同級生です。9人居た同級生は、今、修道会に残るのは私たち2人になった。9人の内、3人が司祭になった。病気で既に帰天した。終戦直後のクラスだから、もう古い仲間です。稲国神父さまは、元気で、ゴルフもプレーしている。彼にも久しぶりに出会った。旧交を温めたというところです。
★ホームで今日は、火災非難訓練があった。老人にとって火事は恐ろしい。夜間の火事ともなれば、どいう状況になるか、考えただけでも暗い気持ちになる。だから皆、真剣に応じた。
★12月11日、月曜日。午後6時から、長崎のカトリック・センターで、コルベ神父の映画「二つの冠」が上映されるが、これは無料だが、要入場整理券で、教区本部(電話095-842-4450)に電話をして下さい、ということです。

2017年11月24日金曜日

ルーマニアとニッポン。2人揃って似合いの兄弟だよ

いつも出会ったら揃って写真に撮る2人です。名前は、ペトロ・イシトク神父さん。そう、もう何年になるかなァ。ルーマニアから「チビ」の神父がやってきた。2人揃って写真に撮ったとき、あまりにも格好が似ているので、高感度だったよ。
★「ニッポン、好き、好き」。長崎の聖コルベ館で2人は仲良くなった。見てください。いつになっても2人は、似たり、よったり、でしょう。優しいペトロ神父さんの動作・仕草が気に入った。
★この写真を見て、「チョッと、待てよ。ペトロよ、君は日本へ来て、ボクより小さくなったんじゃないか。たくさん食べているか。牛丼、食べて大きくなれよ」
★思えば、ボクの願いは、ペトロ神父と一緒にルーマニアへ行くことだった。本当だよ。マジメに考えていた。ルーマニアを2人で手をつないで教会を巡礼したかった。とうとう、その願いが叶わなかった。思い返せば悲しいよ。ルーマニアはカトリックの大きな教会があると聞いている。今度の金祝で、2人は出会った。今度は会っても、あまり詳しくは話さない。握手するだけで、心は通じるサ。東京の赤羽教会で、ミサ、お説教で、頑張っているのを聞いている。ホームにも、ゆっくり来て欲しかったよ。トマの狭い自室には、ペトロ神父さんがルーマニアから持ってきた織物のオミヤゲが飾ってある。赤色が部屋を引き立てているよ。これは離さないからね。ペトロ神父よ、兄弟よ、長崎のトマを忘れなさんな。

2017年11月23日木曜日

金祝・銀祝のお祝い。ミサと記念撮影と祝賀パーティ

「皆さん、おめでとう」。皆さん、ニコニコで、胸躍らせて、長崎・聖母の騎士で、お祝いがあった。司祭叙階50年金祝2名。沖縄の押川司教さまと、長崎の崎浜神父さま。修道誓願金祝2名。愛知県春日井の斉藤修道士さまと、長崎の山下修道士さま。修道誓願25年の銀祝は東京・下村修道士さま。以上、5名です。沢山の人たちからお祈りと、喜びの言葉のお祝いを受けました。
★まず、感謝の荘厳ミサが行なわれ、崎浜神父さまが説教された。この50年を振り返ってのお話でした。大浦天主堂で叙階されました。半世紀の長い年月、本当にご苦労が多かったでしょう。この日を迎えられたのは、「神の恵み」と誰もが思い、感謝の祈りを捧げました。参列者には、東京や京都、五島からも大挙して来られました。
★「やっぱり、いいですね。こんな祝いに参加できると、知人、友人、思い出の人に、親しく声をかけてもらった」。これからも元気で生きつづけたいと念じました。
★愛知県春日井の斉藤修道士さまは、かつて2年間ほど、聖フランシスコ園に勤めていました。それでホームからも斉藤修道士さまをお祝いして参加しました。一緒になって写真を撮りました。金祝の沖縄・押川司教さまを囲んでの記念撮影です。これからも最後まで神さまへの道を歩んでください。押川司教さまも一言と言われて、「お祈り、お祈り、これが一番大事です」と強調されました。