2016年6月30日木曜日

日帰り旅行の日。温泉に、船に、楽しい日でした

 6月も最期の日になった。今年も、半分が過ぎ去った。きょうは、ブログを書く時間が遅くなりました。年に、2回の、「日帰り旅行の日」だからです。ホームを朝、9時に出て、赤い小型バスで、20人、車椅子2台、高原修道士の運転で、長崎市のイナサ山にある「ふくの湯・温泉」へ向かいました。聖コルベ館に居たときは、時々、自分で軽を運転して、湯に入りに来ていた所です。なつかしさが甦ってきました。露天風呂からの眺めは、長崎市内が一望できるのです。湯に入って、幸せを感じました。それから、バイキングの昼食を食べて、おなかも満腹して、今度は、海岸に出て、「ゆめ・さいと」で買い物をしました。長崎港には、いろんな船が浮かんでいて、これも懐かしさを覚えました。「ゆめ・さいと」を歩くのは大変でした。日頃の健康が試されるときです。ふら、ふら、しながらも、歩きました。トイレを探すのが難儀でした。こんな身体になっているのか、自覚した次第です。午後の4時にホームに帰ってきた。午後7時30分から、8時まで、教会で、お祈りと、聖歌と、聖体賛美式があります。

2016年6月29日水曜日

アジサイの絵を描いた。長崎のハナ。すきだね

連日の雨。テレビでは、各地で大雨の被害が報告されている。
★絵てがみの時間があった。紺色のツブツブに、細い毛が伸びている。まわりを、紫の花が囲んでいた。「これ、なんの花ですか?」。先生に聞いた。「ガク・アジサイ、というそうです」「ガク、って?」「額と書くんですね。アジサイの原種だそうです」「わたしは、これを描きます」
★「長崎は今日も雨、額アジサイが咲く」と字を入れた。長崎の中島川の通り、めがね橋付近には、大きな、沢山のアジサイが並んで咲く。あの辺の風景を思い出した。
★母親の里、長崎市の汽車の駅に着いたのは、昭和16年9月だった。駅前には、広場があり、黒塗りのタクシーがいた。13歳だったよ。電車に初めて乗った。浦上の、実家ではなくて、母親のお姉さんの家にお世話になり、4人の従姉たちが居り、温かく迎えられた。その従姉の1人が、時々ホームに見舞いに来てくれる。75年のつながり、だよ。

2016年6月28日火曜日

雨の中、クリニックへ。気持ちは、重い。でも、行きます

長崎市のクリニックの予約の日です。8時に出るので、朝食は食べられない。大雨でした。「これでも、行くのか」「決まった通りに出かけます」。雨のためか、車は渋滞する。高原修道士の運転です。車の中では、高原さんに、ホームでの色々な報告をする。自分の調子も説明する。ゆっくり、話せる時間です。今があるのは、高原さんのお陰です。本当にお世話になっている。「助ける人、やっぱり善きサマリア人だよ」
★9時10分頃、クリニックに着いた時は、雨は小降りになっていた。めずらしく、待合室に、患者は1人だけでした。「きょうは、ついているぞ」。先生の診察は、すぐだった。
★先生に、からだの具合を説明する。「大丈夫、大丈夫」と、励まされる。1ヶ月前の、血液検査表をもらった。「栄養が足りないのでないか」「ホームの食事は完食しています。ただ果物類は控えている」「食べなさい」。診察を終えて、外へ出ると、雨はやんでいた。
★道路のミゾに、小さな絵を見つけた。長崎へ行った証拠に撮りました。どうやら、アジサイのようです。長崎の花です。アジサイは、あちこちで見かける。「長崎は今日も雨だった・・・」。似合う花です。11時過ぎには、ホームに帰った。ホット、肩の荷が降りた感じでした。
★ホームで、午後から、参議院の投票が行なわれた。

2016年6月27日月曜日

「愛のある出会い」を望みます。きっと救いがある

昨日の若者のことです。帰りしなに、湯江教会で、写真を撮りました。2人の若者にとっては記念になると思います。手を振りつづけて、車が消えるまで見送りました。わざわざホームまで面会に来てくれるのは、ありがたいことです。
★人間は、本来、「孤独な存在」です。特に、私には、そう感じます。何度も言うように、7歳で父親は病没し、兄弟はなく、一人っ子で、母と2人暮らしだったが、17歳のとき、原爆で、母と家を失って、全くの「孤独」となった。人生、ひと言で表現するなら、「孤独」でしょう。限りない孤独は、これまでの経験で、身に染みています。
★「孤独」から救われるのは何でしょうか。それは「愛のある出会い」だと思います。人生を生きる中で、それを感じてきました。一人の男性は、コルベ神父の身代わりの愛の出会いで救われた。宗教も、いわば、「愛である神さまとの出会い」ではないでしょうか。
★そして、その出会いは、ふしぎと、瞬時に行なわれ、ご縁になって、「つながり」となる。そこには算術はなく、ひかれるものが、あるだけです。2人が帰った後、その夜、そんなことを考えました。原爆の体験から、「助ける人に、なりなさい。困難が来ても、逃げない人に、なりなさい。許せる人に、なりなさい。平和は、人のこころに、愛の花を沢山、咲かせたときに来る」。いつも私は、そのことを考えている。

2016年6月26日日曜日

出会いって、ふしぎやなあ、と思います。若者訪問

2人の若者が訪ねてきた。男性・哲(さとし)さんは、長崎在住で、わたしが聖コルベ館に居た頃、入館に来たことがある。「トマさんから、ビデオを見せられ、説明を受けました」。女性の美樹さんは、福島から長崎へ2年前に、単身移住して、看護師をしている。度々聖コルベ館にも訪れたが、トマさんには会えなかった。ブログに出会って、親しみを感じたという。
★2人がホームに最初に訪ねて来たのは、昨年2015年1月だった。その時は、通りすがりで、ただ挨拶し、アクシュをして別れた。4月になって、感謝を込めてと、2人の製作で、「トマさんのことば」という、この世に1冊しかない小さな本(34ページ)を贈ってくれた。これには非常に感動しました。ブログから、心にひびく、ゆさぶるような言葉を載せており、写真も添えてある。わたしにとって貴重な本として、手元に置いている。
★美樹さんから時折、手紙が届いたが、びっくりするような身辺の変化があった。長崎から、上五島の医療センターで働いているというのです。一気に、五島の潮の香りが押し寄せてくるのを感じた。毎日、100人ほどの患者さんが来られるという。島に魅せられているようであった。
★昨年の8月にも、ホームを訪問してくれたが、この度も、お揃いで、訪問してくれた。五島の楽しい話を沢山聞いたよ。美樹さんは、とにかく明るい女性だったよ。
★「生かされている喜び、悪に負けない勇気、お礼を求めない愛、目標はわかっているが、それでも人間は、迷い悩むのです」(トマさんのことば、より)

2016年6月25日土曜日

1人の修道士は、わたしにとって善きサマリア人です

お祝いされるのは、嬉しいことです。きのうは、ホームで活躍している高原修道士(左側)のお祝いの会食があった。3人の修道士が写っている。手前に、2人の神父さまが居るのですが、アングルの都合で写っていない。ホームの食事から離れて、こうして、みんなで会食するのも、楽しいことです。つながりが出来ます。
★普通の御食事処ですから、自分、思い思いに注文しました。「すき焼き風うどん入り」を頼みました。
★高原修道士さんには、ホームに入るときから大変お世話になっています。彼の助けがなかったら、チカラも失せたでしょう。「最後に、誰に出会うか。それが善きサマリア人。人生に必ず、そういう人は居る」

2016年6月24日金曜日

洗礼者聖ヨハネの誕生の祭日。高原修道士の祝い

昨夜から、教会の祈りで、洗礼者聖ヨハネの誕生の祭日を祝っています。今朝のミサのときも、祈りました。普通は、聖人の祝日は、神の御国に帰った日にお祝いするのですが、洗礼者聖ヨハネは誕生日を祭日として祝います。
★なぜ、この日にこだわるかというと、日頃、お世話になっている高原修道士の修道名のお祝いだからです。「高原さん、おめでとう」。夕食は、湯江修道院の皆さんと、いっしょに会食に呼ばれています。ごちそうになります。
★洗礼者聖ヨハネのご絵はないか、と探しました。あまり見ない聖人です。幸いに、身近に、1枚のご絵を見つけました。絵自体、あまり見たことのないご絵でした。
★いま、明子さんから電話があった。「いつも湯江教会の祭壇の生け花を活けて下さる女性の誕生日です。84歳になられた。ケーキを持って行きました」