2016年5月7日土曜日

5月の誕生会。カニさん、エビさん、オドリまくる

月の楽しみは、誕生会ですね。職員さんの趣向を凝らした出し物が、今月は何だろうと、期待されています。よく考えるよ。これも入居者たちを喜ばせようとの気持ちからです。職員さんたちも楽しくやっていますよ。5月は、3人の誕生日がある。
★長く生きるのは、腰の痛みや、足の痛みもあるし、大変だけれども、歳を重ねるのは、おめでたい事です。
★誕生会は、昼食がお祝いです。皆さんが、食堂に集まります。今日の昼食のメニューは、赤飯、お刺身、柔らかポークソテー、玉ねぎのまるごと蒸し、春野菜の炒め煮、みかん、地元産のお菓子、リンゴ・ジュースでした。玉ねぎが、おいしかったね。
★明日の日曜日は、母の日です。女性の入居者たちは、皆さん「お母さん」だから、そのお祝いも誕生会と一緒にあったが、それは明日、載せます。お楽しみに。

2016年5月6日金曜日

北海道の親友、神に召される。お悔やみ申します

ヨゼフ小松隆二さん。享年、87。今朝、神に召されたとのお知らせが、ご家族からあった。
★隆二さんから、1枚の絵ハガキが届いたのは、4月18日だった。「天国で会いましょう」。あの絵ハガキが届いた夜、長崎から電話をして、隆二さんと親しくお話が出来た。「腹部に病気が見つかった。手術も、クスリも使わない。いっさい自然にお任せする。痛みが全く無いのが、幸いです」。彼との出会いは、日記にも載せた。
★絵ハガキから数えて、17日目。親愛なる友、ヨゼフ隆二さんは神に召された。
★絵ハガキの翌日には、速達で、お写真も届いていた。「永年の友情に感謝しております。ご利用下されば幸甚です。写真は、平成27年7月15日、札幌・大田司教歓迎会席上、湯川教会にて」とあった。
★隆二さんの訃報に接し、心からお悔やみを申し上げます。終戦後、間もなくの、混乱した長崎で、出会い、何年かを共に過ごし、真理への道を見つけて以来、これまで親交と支えあいを共有してきました。お別れは本当に悲しく、辛く、胸が痛みます。聖母マリアの御導きによって、神の御国で、安らかに憩われますようにお祈り致しております。

2016年5月5日木曜日

シスターの墓参り。このような出会いは1度しかない

山のシスター修道院を訪ねた。50年前、この山で、一緒に顔を合わせていたシスターが、再会を喜び、からだイッパイに嬉しさを表わしながら、話に乗ってくれた。
★その頃、わたしは病んでいて、背骨が痛み、肋骨からウミが流れ出ていた。それを介抱してくれたのが、シスター・アグネス永松だった。「その頃は、ね。シスターは1人では、行動が出来なかったのよ。下にあった男子の修道院へ行くのに、シスター永松は1人では行けない。わたしが、いつも一緒に付き添いで行ったのよ」。そういって、亡くなったシスターアグネス永松を懐かしんだ。
★シスターアグネス永松のおかげで、看護で、わたしは回復し、元気になった。恩は忘れない。この微笑むシスターのことも忘れない。
★この後、シスターたちの墓地へ向かい、お花を添えて、シスターのために祈った。亡くなって48年になる。わたしは助かったが、シスターアグネス永松は、40歳の若さで、神に召された。わたしの人生で、このような出会いは、生涯に唯一度しかなかった。シスターアグネスを知っているシスターがお元気であるのを、きょうは喜んだ。
★聖書に、「お前は偉大な業をなしたから、天国へ入れ」とは書いていない。「あなたは、この最も小さい者に愛を施したから、神の国に入りなさい」とある。福祉に身をささげたシスターの生涯こそが、聖句の通りであった。(自著・十七歳の夏より)

2016年5月4日水曜日

ひさしぶり回転寿司へ。昼食どき。おいしく食べました

昼前だった。隣の修道院の浜田神父さんが、ホームに見えた。大曾神父さまの部屋へお見舞いに行くといわれる。入江さんと、わたしもご一緒した。大曾神父さんは、ベッドに横になっておられた。お元気で、おられます。
★部屋を出たとき、「昼食は、回転寿司でも食べに行こうか」と誘われた。「ひさしぶりの回転寿司だから、いいですね」。昼食を、ご一緒することにした。
★入江さんと、3人は、ホームから諫早へ。浜田神父さんの運転の車で、30分ほどかかった。店は旗がなびき、内部は、賑わっている。ごらんの通り、おいしく、いただきました。
★長崎人が食べる寿司ネタは、だいたい決まっている。店の壁に、大きくネタの名前が書き出してあった。そこから選んだ。長崎らしく、新鮮なネタで、サカナは大きく、食べやすく、満足しました。何か、チカラが湧いてくる気がします。
★1時間半ほどで、ホームへ戻ってきた。

2016年5月3日火曜日

ホームに入って、1年6ヶ月。ほぼ、落ち着いたか、な

今週の、湯江カトリック教会・祭壇の生け花です。3、4日経つので、花に幾分、変化があるでしょうか。
★ホームに入って、1年6ヶ月になります。まだ、それ位か、そう思いますよ。なーんか、もっと長い感じがする。
★これまでの修道院での共同生活から、からだの都合とはいえ、いきなりホームの一人部屋に入って、心理的に、とまどい、孤独、時間の有り余り、人にも会いたくないし、眠れない夜など、いろいろ有りました。平坦では、なかった。よく耐えて来たな、と自分でも思いますよ。
★最近になって、ホームの生活も前向きに受け入れ、時間の流れも、そうタイクツなく過ごしている。やっぱり信仰だけが頼りです。生きるチカラのモトでもある。これが無ければ、骨抜きだよ。1年半だが、いろいろな事が起こったんだなと、そう思いますよ。
★ホームは、老人ばっかしだね。すばらしい老人がいる。顔の輝きが、違うね。ああ、いう老人になりたいな、と思うよ。あこがれる老人は、シャキッとしている。リッパだね。老いて、ますます磨きが、かかる。
★一方、自分は、反省することが、ある。老いると、ツイツイ、グチも、こぼしたくなる。それだけ周りの人は、忍耐してくれて、いるんだね。わがままは、ダメだね。

2016年5月2日月曜日

空は青く、マリアさまは白く、園長神父さんはミドリ

風も心地よいし、陽のぬくもりも温かい。午後から、庭で、屋外の空気に包まれて、いいね。「ああ、空が、きれいね」と誰かが言った。「園長先生、ミドリのシャツ、持っているの?」。また誰かが言葉を添えた。「持って、いるさ。リッパだろう」。そういう意味の言葉を返した。園長神父さんがいると、明るくなる。
★写真を撮るとき、顔を写すのは、遠慮しています。顔が見れるのは、園長さんと、マリアさま、だけです。でも、皆さん、楽しそう。何だか幸せを感じます。難しいことは考えたくない。
★広い庭も、ホームの自慢です。しかし手入れが大変だよね。この場所で、50年以上、ホームの歴史を刻んでいる。
★テレビで、「老人ホームを選ぶには?」というのがあり、答えは「働いている職員が、自分の家族に勧められるか。それが一番」と言っていた。人の世の中、いろいろ有って当然だが、ここのホームは長年勤務の職員さんが多く、何とか無事につづいている。そしてお世話になっている。

2016年5月1日日曜日

五月になった。パーッと、気持ちも明るく、開ける

五月になった。さつき。マリアさまの月。ホームの入口にあるアシジの聖フランシスコ像の、向こうのお宅に、鯉のぼりが泳いでいる。手前には、ツツジも咲いている。絵になるな、と思って写真に撮った。地面から、「温かくなった、なあ」の感じが湧いて、カラダのシンに伝わる。
★温かくなる日を望んでいた。とにかく寒さに弱くなる。風邪も引いた。「ビク、ビク、だよ」。神経、使って暮らしていた。
★日記を書き出して、何年にもなるが、書いている文章もずいぶんと変わってきた。自分でも分かります。毎日、たいした出来事は書けないけれど、書くこと自体が自分のタメになる。最近は、難しいことも、書けなくなった。今日という日を生きているのが、ありがたい。それだけです。
★人は、何気なしに歩いているが、自分で歩けることが、いかに大事か、至って平凡なことを考える時に来ています。「ジョウダンじゃ、ありません」。歩けることは、本当に、ありがたい。人は、やがて歩けないようになるから、注意しなさい。ホームのお年寄りたちを見ていると、誰もが、老いと戦いながら生きている。老いも、人生の一部です。「本当に、いい人生だった。最後まで、そういえるように毎日、祈っている」