2015年12月7日月曜日

せいぜい歩けるうちに、しっかり未来を見つめなさい

園内・散歩のとき、本棚に1冊の本をみつけた。パラ、パラと立ち読みすると、こんな川柳の一句が目についた。
★「人生は、紙おむつ、から、紙おむつ」
★最初、昭和初期の生まれの者には、ピンと来なかった。老人の「紙おむつ」は、わかる。赤ちゃんの「紙おむつ」。今は、そうだろう。われわれの赤子の時代は、何だったのだろう。キレか、ガーゼか。
★ホームのお年寄りの女性に聞いてみた。「そんな上等なものは、ないですよ。古着の、ユカタをほどいてか、ドンザ、なんかを使っていた」「子どもが、5人、10人と居ったら、大変だっただろうね」。そんな会話をかわした。
★金持ちも、学者も、無職の人も、老いには勝てない。みんな同じになる。人間に、わけへだては、ない。歩けるうちが幸せです。やがて、ヒザが痛み、歩けなくなる。紙おしめも必要になる。人間なら、誰しも、そのように落ちて行く。ホームという所は、それが、しっかり見えるところです。

2015年12月6日日曜日

平穏・無事に過ごします。静かで、安らかな気持ちです

日曜日も、平日も、朝、6時に、ミサで祈ります。ホームの隣が教会ですから、恵まれています。待降節も第二の主日になりました。ローソク、2本に点火されます。
★午前中、90歳の老人と、2人で入浴をした。彼が、背中を洗ってくれる。お湯から上がっても、彼が渇いたタオルで背中を拭いてくれる。わたしが、彼の背中を流したり、拭いたりするかと言えば、しないんです。これ、どうしてなんでしょうかね。
★午後から、3時過ぎに、この祭壇の前で、ロザリオを共同で唱える。わたしの前の席に、いつも彼が座って祈っている。気持ちがお互いに通じ合うのは、楽しい。「ここに入って、少し体力が落ちてきたよ」と彼が言う。ごもっとも、です。お互いに、ね。
★ジュースの缶詰が沢山入った大きな箱が届いた。「確か、あの人では・・・」と思いつつ、電話をかけると、「やっぱり、そう」。日本26聖人の映画を製作した「平山政十」さんのご縁の女性だった。以前に、弁士と、音楽を入れたDVDをお送りしていたが、喜ばれて、お礼にと「お送りしました」と言われる。ありがたく思った。お歳を聞かれたので、「87歳」というと、「同じ歳です」。昭和3年、1月生まれ。「わたしは、3月」。元気があれば、なあ。出会いに行って、お話しを聞くだろう。あの頃の活ベンは、もう出ない。思い出してくださる人がいるのは、ほんとうに有り難いと思う。

2015年12月5日土曜日

誕生会と、園の創立記念日。長生きは、お恵みです

毎月の誕生会は楽しみです。その月に生まれた利用者をまとめて、お祝いをします。今月は、3人がおりました。「歳をとると、あち、こち、痛みが出てくる。神さまに近づくことを考えましょう」という意味の園長神父さんのお話しがあって、1人、名前を呼ばれて、みんなで「バスデイ」の歌を唄います。園長神父さんと職員が、小さな灯火と、プレゼントを本人のところへ運ぶ。いい感じです。3人、同じことが行なわれる。長生きは神さまのお恵みです。乾杯があって、食事が始まると、職員の出し物がある。この3人、「ドリフ」の「ひげ・ダンス」を踊りました。舞台で踊ったり、皆さんの食卓をまわったり、盛り上りました。お忙しいお仕事なのに、伝統的に、いろんな格好で踊ります。
★90歳以上が、20人。95歳以上になると、10人。99歳と、100歳の女性も居られました。80代は、まだ若いと、大きな声で、歳は言えません。12月の誕生会も終わるので、後は、1月、2月、3月が来ると、自分の番に成る。そんなことも考えた。
★お祝いのメニューは、お赤飯、ブリのお刺身(長崎の人はブリの刺身を好む)、長崎牛の焼き肉、イカ、ニンジンの天ぷら、ふろふき大根、ジュース、それに紅白の大きなお饅頭があった。
★このおマンジュウの意味は、きょうは園の創立記念日でもある。そのお祝いです。1960年、昭和35年、12月5日に、国から承認され、施設が始まった。当時の記録で、男子、11人。女性、16人、計27人の入居者があった。初田神父さんが園長。職員6人で、当時は養老院と呼ばれていた。もう、55年になる。歴史の重みを感じる施設です。これまで事無くつづいてきたのも神さまのお導き、お恵みでしょう。笑いと、ホホエミと、感謝と、家族的な施設でありたいです。大変、お世話になっています。

2015年12月4日金曜日

プリンターものがたり。つながりが出来て、うれしい

これまで使っていたプリンターが、汚れが出るようになった。もう、5,6年は使っているだろう。きのう、電気店で、エプソンのプリンターを買った。店員さんが説明するのだが、よく分からない。特別・安価の、7.650円だった。6色で、インクも付いているが、予備も買わされた。インクが高い。6.860円。自室で、箱を開いて、机上に据え付けた。
★1人の職員さんがパソコンにつないでくれた。こちらは、ただ見ているだけ。ところがプリンターが作動しない。2人目の職員さんに応援を頼み、懸命に操作するが、プリンターの印刷が出来ない。パソコン会社にも電話をして、長い間、話を聞きながら操作するが、とうとうダメだった。
★プリンターは2つの操作だけを使っている。①プリンターに資料や写真をのせて、パソコンに取り込む。②パソコンの写真やブログ日記をプリンターで印刷する。これだけのために使っている。「ああ、ダメか」と、あきらめかけていたところ、夕方になって、6時頃に、外部から電気屋さんが助っ人にわざわざ来てくれた。彼がしばらく触っていが、さすがに専門で、どうやら、つながったようだ。4色から、6色のプリンターになる。
★そこで、最初に、テストをしてみたのが、左の聖絵だった。「見事にパソコンに入ったよ。よかったな」。電気屋さんはお礼を受け取らず、笑顔だけ残して、去った。
★さて、この聖絵だが、イエスと、日本の子どもが描かれている。きょう、聖絵の裏を返えしてみると、ゼノ修道士さんの誓願金祝記念のカードだった。1928年12月15日、ポーランドで誓願を立てる。1978年12月15日が、誓願50週年金祝の日だった。「この小さい者の一人に冷水の一ぱいでも与えてくれる人があったら、その人はむくいを失わない。(マテオ10・42)」と記されていた。ゼノさんらしい言葉だった。ゼノさんは1982年4月24日、長崎上陸の日に亡くなった。もう、33年になる。ゼノさんの愛は、いつになっても忘れない。ゼノさん、ありがとう。

2015年12月3日木曜日

新品のプリンターを買ったのだが、うまく作動しない

きょうは載せる写真がありません。口之津から出るフェリーを取り上げました。なつかしい船です。これで天草へ向かいます。海風に吹かれて、心地よい日を過ごした思いでもある。島原一周のとき、写しました。
★きょうは、あわただしい日だった。朝から、エプソンのプリンターが年季が入って、機能しなくなったので、新品を買いに出かけた。新しいプリンターを開いて、机上にのせて、パソコンと、つないだが、うまく接続ができなくて、応援を頼んでもつながらない。苦労の一日を過ごしました。どうすれば、いいか、迷っています。

2015年12月2日水曜日

温泉に通っていた頃を、なつかしく思い出しました

先日、島原へ行ったとき、オバマ(小浜)温泉を通った。なつかしかったですよ。昨年の夏まで、毎月、1度は、オバマ温泉へ通って、保養した思い出がある場所です。富士屋さんの定宿にお世話になっていた。この日も、富士屋さんの前を素通りした。毎月、通いましたから忘れられないオバマ温泉です。
★考えたことは、あれから1年で、こんなにも環境が変わるものか、体調が変化するものか、ふしぎに思います。全く想像も出来ない事態でした。でも、それが現実で、いまはホームの生活です。
★長崎の白浜さんが、2013年9月からの登明日記をファイルにして、時折、持ってきてくれる。調べてみたら、12冊になっている。ありがたいことです。それにはコメントも入っている。書くことは自分のためにもなる。

2015年12月1日火曜日

みんなで幸せのワルツを歌おう。歌の一団がきた

小学生からお年寄りまで、30人ばかりの一団が、歌のお見舞いにやってきた。ちょうど、適当な、1時間ほどの歌だった。長崎市から、自家用車に分乗して、それでも1時間半はかかる。教会の聖歌隊の皆さんたちだった。訪問してくださるご好意がありがたい。
★どんな歌を選んだかというと、最初は「あめのきさき」から始まり、「マザーテレサの祈り」「ずいずいずっころばし」、「長崎の鐘」もあった。星影のワルツの替え歌で、「天の父に頂いた、だいじにしようよ、この命。みんなで幸せのワルツを歌おう」など、沢山のハクシュをしながら、気持ちの切り替えになって、慰めになる。
★一方、引いて考えると。若い頃は、こうして回ったこともあったなァ、と思う。いま、いちばん後ろの席から眺めていると、うらやましい気持ちになる。やっぱり、どうしてもホームの一員としての自覚が背中に伸し掛かってくる。八十七歳は老人だろうか、考える。
★きょうは、火曜日で、朝、10時から、90歳の男性といっしょに入浴した。90歳に背中を流してもらった。いつものことです。午後は、庭を散歩した。
★テレビは、水木しげるさんが亡くなったと報じている。水木さんの言葉をメモしたことがある。「金持ちになったからといって、三バイも四バイも幸せになれない。金持ちも、ボタモチは、四つは食えない」