2015年11月7日土曜日

庭の噴水。チカラの泉。希望をもって祈りましょう

芝生の庭にある、小さな噴水です。噴出す水のチカラに、いのちを感じます。
★元日のエリザベットさんの、パパさまの御祝福の訳はありがとう。「忠誠心と、内なる喜び」「神と教会に、祈りの貢献をする」。この精神の重さを感じます。水が湧き出るように、内なる喜びが出てくると、いいのですが、現実は、浮き沈みです。それでも希望は失わないように努めたいです。
★ホームの年配の女性が、自室を訪ねてきて、正座して、ていねいに深々とお辞儀をしました。何でも、10数年まえに、わたしがホームに取材に来て、そのとき「小崎登明」の名前をおぼえて、騎士誌も読むようになって、1度はお会いしたい、お会いしたいと切に望んでいました。ところが誰からか、小崎登明さんなら、このホームにおられるわよ、と聞いて、びっくりして、おじゃました次第です。「ハイ、もう1年になります」。今度は女性が「あら、まあ、そんなに」と、びっくりされた。「お会いできて、うれしいです」と喜んでくださる。ありがたいことです。「登明の水」は、まだ吹き出ておりました。
★女性が残した言葉が、いま、心に浮かぶ。「神さまは、お願い事をすれば、必ず聞き入れてくださる。そうですよね」「ハイ、そうです。希望をもって祈りましょう」

2015年11月6日金曜日

秋も終わりか、でも今日の陽ざしは暑いほどあった

散歩の途中で、出会った男性2人です。
★左側の人は、畑にサツマイモを沢山収穫してくれた。ホームの食卓で度々出たイモの天ぷらは、抜群に、おいしかった。畑作業に全力を注いでいる働き者の男性です。洗礼を受けました。「やー」「おおー」。いつも挨拶する。こころよく写真に応じてくれた。
★右の小柄な男性は、買い物を手伝ってくれる。ありがたい存在です。「ブドウは、まだ、あるね」「だいじょうぶ」。自転車で、スイ、スイ、町内のエレナまで買いに出かけてくれる。助けられて、生きているわけです。彼が小学生の頃から知っている。ご縁とは、不思議なものだと思います。
★最近は、寒さが近づいていたが、きょうは暖かだった。午前中は、町内の庁舎に、書道や写真や手づくり作品の展示の文化祭を見学に誘われる。
★夕食の食卓で、「何が一番食べたいか」の話題が出た。1人は言う。「和牛のステーキが食べたい」。同感だな、と、こころの中。もう1人は言う。「イセエビのサシミが食べたい」。ホームでは、とても食べられないからね。ホームでは老人が食べやすい食材が出ている。そのため、皆さん、長生きです。ありがたく感謝している。

2015年11月5日木曜日

ステントの入れ換えは無事に終わった。苦しみを捧げる

ホームの入口にあるアシジの聖フランシスコのご像です。
★昨日は、病院の泌尿器科で、ステントの入れ替えがありました。やはり痛い。覚悟の上です。待合のときは、十字架のことを考えていましたが、いざ、手術台にのぼり、処置が始まると、「痛い」「イターイ」。そのことで神経が高ぶっていました。どうしようも、ないのです。お医者さんは、抜いたままにしようか、と考えましたが、前のお医者さんの意見を取り入れて、やはり入れ替えることにしました。
★こうしなければ生きて行けないのでしょうか。
★次は3月9日といわれた。3月1日が誕生日だから、88になる。受け入れるしかありません。生きて行けるだけ、お恵みです。神さまは、「いのち」を与えてくださる。その「いのち」は、愛です。苦しみを、誰か、苦しんでいる人のために、ささげよう。

2015年11月4日水曜日

墓標に、父と母の名前が刻まれているが、遺骨はない

外海・黒崎教会での誓願金祝のお祝いが終わって、信徒会館の前で写した。右から、教会の主任司祭・大山神父さま、気楽に声をかけてくださった。隣が、ホームからの乗り物を世話してくれた橋口修道士さん、わたしの左が、お世話役の信徒会長さん、信徒のお医者さん。これで祝賀会を終わります。
★当然、教会で、ひと言、お礼をのべる義務があった。話すのはニガテだが、こう言いました。「父は黒崎出身で、母は浦上です。戦争前に、出稼ぎで、北朝鮮の奥地の町で、商売をしていた。父は病死して、北朝鮮の土となる。北朝鮮では、日本人が何千、何万といたが、カトリック信者は我が家が1軒のみだった。宗教の面で、さびしかった。教えのことは何もわからない。黒崎へ帰ってきて、リッパな天主堂があり、まわりはカトリック信者の家々をみて、感動した。大きな慰めを受けた。
★忘れ得ぬ思い出は、教会前の国道から少し入ったところに、修道院があって、当時は女部屋と呼ばれた。シスターたちが10人ほど共同生活をして、祈り、農家の働きをしていた。皆さん、信仰熱心な、心優しい女性ばかりだった。なかでも、顔が丸くて、いつもニコニコしている「あねさん」がいた。特に可愛がられて、一から公教要理を教えてもらった。これがカトリック信仰の基礎になったと信じている。黒崎教会で堅信を受けた。戦争中だった。
★その後、長崎へ出て、母がつれて行ってくれたのが聖母の騎士のルルドだった。ルルドへ度々行ったが、母は、1つの祈りを、ルルドのマリアさまに捧げたと確信している。「マリアさま、この子を御身にささげます。お導きください」。原爆が落ちたとき、家は爆心地から500m、母も家も吹き飛んで、何も残らず、母の骨も拾えなかった。
★黒崎教会のカトリック共同墓地に、田川家の墓碑がある。父、トマ・松吉。母、クララ・ワサの名前が刻まれているが、骨壷には、両親とも骨は無い。結婚式の写真を収めている。父も、母も、かわいそうに・・・と思う。黒崎教会の金祝のお祝いの日は、ちょうど「諸聖人の祭日」にあたっていた。今日の日に、両親は、神の国から、わたしが黒崎教会でお祝いされているのをみて、喜んでくれているに違いない、と心に慰めを抱いて、ホームへ帰ってきた。皆さんのお祈りは、ありがとう。
★今年は、もう残り少なくなったが、ホームに居ても、金祝のおかげで、良い年になった。
★きょうは、午後から、総合病院で、ステントの入れ替えがある。痛いよ、苦しいよ、喜びもあれば、覚悟もいる。
★きょう、ミサのとき、読んだ聖書。ルカ、14章。①自分の命を、憎まない者(26)。②自分の十字架を背負って、ついてくる者(27)。③自分の持ち物を、一切捨てない者(33)。・・・・でなければ、わたしの弟子でありえない。ステントの入れ換えのとき、思い出せるか。

2015年11月3日火曜日

鐘がなると、ハイ、祈り。普通に信仰が生活に溶け込む


信徒会館は、黒崎教会の裏手に、教会に並んで、一段と高くなった場所にある。祝賀会はそこで行なわれた。シスターや、役員さんや、女性会、教会の主な信徒たちがお祝い会場には姿をみせた。中央に、女性会の手作りのごちそうが、目を見張るように、豪華に並べられていた。
★宴が始まったのが、10時半すぎ頃であったろうか。隣は、赤レンガの立派な天主堂。大正時代から、そのままの形で教会を守ってきた。戦争中は、赤レンガを、敵の空襲、攻撃から守るために、真っ黒に塗った歴史も秘めている。戦争が終わると、真っ黒を、赤レンガのもとの形に苦労しながら戻した。皆さん、賑やかに、飲んだり、食べたり、語ったり、楽しい雰囲気がつづいていた。
★すると、突然、12時の、お告げの鐘が聞こえてきた。鐘は、教会玄関の前に「鐘の塔」がある。敏感に聞き取った役員さんの1人が、「皆さん、お告げの鐘です。祈りましょう」と告げた。普通なら、見過ごしてしまうわけなんだが、みんなは、何の抵抗もなく、自然体で、皆さん、一斉にそろって立ち上がり、手を合わせて、お告げの祈りを始めた。先あげ(先唱者のこと)は、ごく普通に、暗記した祈りを先導して唱えていた。瞬時の出来事だった。さすが、外海の黒崎教会と、この行動には感心した。祈りの習慣が、生活にしみこんでいる。
★祈る皆さんの、窓辺の頭上には、額縁がづらりと並ぶ。創立者、ド・ロ神父から、歴代の主任司祭の額が見下ろしている。「あさ、つづいて、宴会、つづけてください」。先あげは言った。皆は、楽しそうに談笑はじめた。30分後、祝賀会は終了した。「ありがとう」「からだ、おだいじに」

2015年11月2日月曜日

霊的花束に心をこめて、祈り、犠牲をささげて準備した

「きのうの、こと、どうでした?」。2、3人のホームの人から声をかけられる。「ええ、いい、でしたよ」。感心したことは、ミサが終わって、教会のなかで、役員さんの祝辞や、子どもさんの祝辞も、お花の贈呈などがあったが、なかでも「霊的花束」という色紙をいただいたことです。それは私たち2人のために、教会の信徒たちが意向をきめて、果たしてくれたお祈りと犠牲の結果の数字でした。
★「トマ田川幸一様。金祝のお祝いおめでとうございます。信徒一同、心をこめてお祈り致しました。霊的花束。御ミサ、347回。聖体拝領、343回。ロザリオの祈り、1.043回。主の祈り、4.425回。アヴェマリアの祈り、6.058回。愛のおこない、471回。黒崎教会信徒一同」。
★以前も、そうでした。意向をきめて、お祈りや愛の犠牲、善業など、心をこめて、意識して、尽くした習慣があった。それが、まだ黒埼教会に残っていたのが、大きな喜びでした。意向をきめて、長い間、「この人のために」と、子どもさんも、シスターさんも、女性、男性、信徒の皆さんが、思いをもって準備して、この日を迎えてくれたのでした。このような心のこもった、思いのこもった行ないが、この世の中にあるでしょうか。ありがたい、心の交流を感じました。本当に、根からお祝いをしてくれているのを、ひさしぶりに感じました。私たちも、むかしは、よく、やっていた教会の習慣です。黒崎教会の皆さん、ありがとう。修道士は、あまり信徒の前には出ない存在ですが、大切に思ってくれたのですね。印象に残りました。


2015年11月1日日曜日

無事に、黒崎教会での祝賀会は終わりました。感謝

外海の黒崎教会。黒崎の出身者、2人の修道士、誓願50周年、金祝を教会をあげて行なってくださった。約200人が参加した。祝賀ミサの後で、記念撮影。諸聖人の祭日でもあり、子どもの頃から親しんでいる教会で、お祝いを受けたのは大きな喜びであった。この後、信徒会館で、祝賀会が行なわれた。9時から始まり、終わったのは、12時半すぎていた。