2015年6月7日日曜日

明子さんの亡きご主人の1周忌ミサで冥福を祈る

日曜日。キリストの聖体の祭日。いつもお世話になっている明子さん。ご主人・正則さんの1周忌を、ご家族が集まって、ミサで祈りました。ミサの後、主任神父さんと会話をするなかで、「写真を撮りましょう」と声をかけると、応じてくださった写真です。★正則先生とは、6年間、椿原の中学校で、いっしょに過ごし、子どもたちに向き合った教職員の仲間です。教職・初歩のわたしを助け、時には意見してくださった。信頼していた先生でした。★学校で学ぶ子どもたちの姿、悩み、生き方を見るとき、いちばん感じたのは、人生の基本になるのは「家庭であり家族」の現実的な体験でした。明子さんの話によると、この体験から、家では、「家庭」を最優先した父親でした。★学校では、さまざまな出来事が起こりましたが、正則先生は特に愛をもって子どもたちに接して、1つ、1つ、解決し、心の正しい人になるよう常に教え導いておられたのが印象に残っています。教職を共にしたのは、1985年から、1991年までの期間でした。24年が経過するのに、その熱意が心に浮かんできます。★「いつきしみ深い神よ、あなたの愛のために一生をささげた故パウロ正則さんが、信じる総ての人と共に復活し、永遠の喜びを味わう事が出来ますように」

2015年6月6日土曜日

誕生会です。出し物も楽しみの1つですよ。幸せに

長寿、また歳を1つ重ねて、おめでとう。毎月、その月に生まれた人をいっしょに誕生会として昼食のときに祝います。これが楽しみでね。6月生まれの方は、1人でした。お祝いの言葉があって、お名前を呼び上げて、皆さんで「ハピバスデイ」を歌います。本当に心が和みます。生きてきて、よかったと思います。★今月の職員さんの出し物は、お茶つみ姿の美人女性さんでした。茶摘の歌を歌いました。出し物を見るのも、楽しみで、期待しています。ホームの人たちは、90歳代、80歳代が多くて、人生のベテランで、苦しい戦争を体験し、復興する日本を生き抜いてきた男性・女性たちばかりです。そのお年寄りたちの間を、若い職員さんたちが奉仕してくださるんですね。支えてくれて、助けてくれる。感謝の言葉しかありません。お年寄りも、若い人も、一体になって、すばらしいホームになる。願うのは、皆さんが健康で、お元気で、長生きされて、人生を楽しんでもらうことです。★昼食のメニューは、赤飯、アジの刺身、盛り合わせ、チキンのピザ風、ナスの煮物、スイカ、ジュース、水ようかん、でした。

2015年6月5日金曜日

リッパだな、コチョウラン、ホームの玄関を飾る

2日前に、アメリカ・テキサス在住の洽(こう)子さんが面会に来られて、贈られたコチョウランです。きれいなお花です。ホームの玄関に飾って、皆さんに見られて、喜ばれています。時々「KoKo」さんでコメントをくださる洽(こう)子さんは、アメリカに居て、日記をよく読んでくださっている。会話の節々に、次のような細かい生活の一端がでて、びっくりしました。①冬は、そのお部屋の窓から、美しい太陽がでて、すばらしいですね。②部屋の写真に、天井の電灯から、ヒモが下がっているのが写っていた。おかしくてね。あれ、うちにも有るんですよ。③アメリカから、おみやげに差し上げた無原罪の聖母マリア像が写っていて、ああ、よかったと嬉しかったです。マリア像は石つくりで、重たいです。いつかマリア像を紹介しましょう。④時々、ホームの食事のメニューが載っていて、興味があります。メニューはお祝いのとき、載せています。このように日記をめぐって、細かいところまで話が及んで、嬉しいでした。アメリカに居て、写真は隅から隅まで、しっかり見ているそうです。この度の出会いで、大きな慰めをいただいた。ありがとう。

2015年6月4日木曜日

明子さんのご主人1周忌。ミサで安息を祈りました

週に、2度。ようす見と、話相手と、元気をくれる明子さん。いつもお世話になって、助けられ喜んでいます。ところで、きょう、6月4日は、ご主人の正則さんが、65歳の若さで亡くなられて、ちょうど1年になります。今朝はミサのとき、亡きご主人の冥福を祈りました。子どもさんが3人居られます。ご主人を亡くされて、明子さんは大きな十字架を体験された。言い尽くせない程の苦しみ、悲しみです。こころのうちは明かされない。救いになったのは聖書でした。旧約、新約、聖書を半年で読み終えて、また続いて読んでいます。明子さんは聖書から生きる力をいただいた。「かわってきました。つながり、はからいが、ある。幸せです。神さまに守られて、守り、導いてくださる」。明子さん自身も、重大な病気をかかえておられる。崖っぷちを生きておられる。正則さんは教師でした。「修道院の方々に、わたしなりに、おかえしがしたい、そう思います」。生きていることを感謝しながら、皆さんに、元気を与える、それが夢です、と明子さんは明るい表情をして、昨日も来られました。正則さんは五島出身。明子さんは島原出身。「島原半島の海岸を車で走らせると、風景、自然は変わらないのに、人は変わる。主人はどこかへ行って、また戻るような気持ちです」と語ったのに深いつながりを感じた。写真は半月ほど前に自宅で撮りました。

2015年6月3日水曜日

珍しいお客さん来る。アメリカ・テキサスの洽子さん

ときどき、コメントが載っている。「KoKo」さん。日本語で、洽(こう)子さん。華麗なコチョウランを持って、訪問に来られた。「心配していたのよ。元気になって、よかった」。喜んでくれた。ご主人はアメリカ人。アメリカ・テキサツに住んでいる。実家が長崎県諫早市。ホームと同じ市内だから、見舞いに来られた。6月1日のコメントに長々と出会いの経緯を書いておられるが、実は、5月末から長崎に里帰りしていた。運転は、長崎の白浜さん(写真・左)です。毎年、来られるので親しい交流がある。こう子さんの誕生日が、1946年7月4日で、白浜さんの誕生日が、1946年6月4日、明日なのよ。同じ年の、1ヶ月違い。言わば、双子なのよ。それに、トマさんの誕生日のお祝いもある。3つのお祝いのコチョウランです。そういわれて、それは立派なお花で、職員も喜びました。聖コルベ館で出会ったのが、一昨年か。毎年、里帰り。7月なかばに帰ります。昨年は、メキシコ人のエスペランザさんを連れて来た。エスペランザさんは、日本26聖人と、聖母の騎士のルルドが気に入った。白浜さんと一緒にルルドの清掃もする。沢山の思い出をつくった。その信仰を帰ってから生かしている。その辺の事情は、騎士誌の記事にも載せました。こう子さんは沢山の色紙を注文して、アメリカで配布して喜んでもらっている。ありがたいことです。洽(こう)子さんの面会、ありがとう。

2015年6月2日火曜日

ルルドの清らかなお水。信頼は恵みをもたらす

聖母の騎士のルルドの写真を載せました。マリアさまに、聖女ベルナデッタ、下には、水が出る竹の筒。枯れることなく絶えず流れ出るルルドのお水。手前は広場になっており、祈る人の姿がある。「目に見えないものの気配を感じる。愛のみたま」。★昔から、戦後も、戦争前も、戦争中も、変わっていないルルドです。子どもの時から見ているルルドです。ただ樹木だけが、大きくなったり、台風や、山津波で打撃を受けました。人びとのマリアさまに対する信心も、昔も今も変わりない。静かで、鳥の声がさえずり、祈る気持ちが澄んできます。★コルベ神父さまが開いたルルドでした。1932年5月のことです。時代も、人も変わるけど、ルルドの姿、信心は変わらない。マリアさまからお恵みをいただいた。単純に信じることが出来ます。★きょうは朝食後、入浴し、園内を歩きました。苦労があります。

2015年6月1日月曜日

6月はイエスの聖心の月です、と司祭は告げた

きのう、ルルド祭がおこなわれた聖母の騎士修道院。当然のことながら、この場に立って眺めると、こころが安らぎます。ルルド祭の楽しみは、人びととの出会いにある。修道士の服を着る。これを見ると、一目瞭然、わかる。近寄って来る人たちと、えがお、あくしゅ、の出会い。「元気そうで、よかったね」。いちばん、ありがたい言葉です。聖コルベ館にも入る。ホームの人たちと弁当を食べました。ホームでは修道服は着ていない。皆さんと同じ入居者です。へだたりはない。むしろ、光る何か違った、ああ、この人は違うなというオーラを持たねばならぬ。むずかしい課題も意識する。帰りのバスのなかでは、疲れたのか眠っていました。★今朝のミサで、司祭は、「6月はイエスの聖心の月になります」と言った。