長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2014年5月31日土曜日
県北に、新・教会ができる。訪ねた。喜ばれた。
長崎に、1つの新しい教会ができた。「カトリック佐々教会」という。県北の、佐世保から少し北へむかった、市街地の、いい場所にできた。すっきりして、目だちやすい教会です。地域の方々が気安く利用できるように整えられている。5月31日が祝別式で、その前日に訪ねた。主任司祭にも出会って、お祝いをつげた。神父さんは喜んでおられた。神父さんから「小崎サン」と呼びかけられ、嬉しく思う。人は存在を認められると、ひじょうに嬉しい。教会は、祈る場所。教会は、人生を考える場所。★自分の人生を振り返ったとき、いちばん意欲的で、自分に合った仕事と思ったのは、教会めぐりの旅を自分で企画して、みなさんを案内して、喜んでもらうのが、最も生きがいを感じるときだった。旅の添乗員が、似合った仕事とおもう。張り合いもあり、意欲もわく。いまは懐かしい思い出だ。
2014年5月30日金曜日
1年ぶり、ホタルの夜。幸せの光は淡かった。
昨年と同じ場所に、ホタルの乱舞と、あわい光を見に行った。本当に、1年まえと全く同じだ。同じ時刻に、同じイタリア料理店へ入る。お店も待っていてくれた。飲食が始まる。料理が一通り終わったところで、8時すぎ、屋外は暗くなり、道をおりて、川のほうを見た。「居る、居る、おるーぞ」。ホタルが舞い踊っている。「あっちの水は、カライぞ。こっちは、あまい」。いいこと言っている。目をこらして、見て、見て、満足すると、また店のテーブルにもどった。コーヒーが出て、お開きとなった。「ああ、来年も、これるだろうか」。一縷の望みだけが、残る。★今年の参加者は、10人だった。何を語ったのか。半分以上は、アシジの滞在者だから、イタリアの話がはずむ。イタリアの風景と共に、聞いていても楽しい。次に、昔の神学校時代の思い出ばなし、失敗談など、これが結構、盛り上がる。その間、「トマさん、いちばん、歳うえだから、仕切ってくれよ」とか、「トマさん、思い切り、お酒、飲んだこと、あるの?」など、問いもあった。最後は、「90歳まで、だいじょうぶ」など、慰めも得た。ホタルの光は、淡いなあ。しかし、はっきり光っている。冷たく光っている。だから、なにか、怪しげでもある。神秘でもある。「人のイノチは、ホタルのひかりのように」。その夜は、暖かい寝床で、安らかにねむった。
2014年5月29日木曜日
いま長崎はアジサイ花盛り。めがね橋周辺に咲く。
老人は言うのです。「どうも、カラダが、前へ進まない。アタマが、ボッーとして、いまにも倒れて、死ぬ感じがするのです。老人になった証拠でしょうか。こんな経験は初めてです」。原爆検診のお医者さんは言うのです。「もっと、外へ出なさい。外気に触れなさい。閉じこもっていては、ダメです。散歩もいいですね」。老人は答えるのです。「ハイ、ハイ。よくわかります。散歩をしたいが、足の関節が痛むのです」。お医者さんは追加で言うのです。「健康を考えるなら、運動です。大切ですよ」。老人は、クルマから降りて、めがね橋のほとりを散策しました。花の季節です。ツツジも終わって、いまから、アジサイの季節になります。川のほとりには、色とりどりのアジサイや、似たような種類の花が咲いていました。老人は腹いっぱいに空気をすって、初夏を満喫しました。長崎の地名といえば、浦上、大波止、浜の町、大浦、そして、めがね橋です。橋の周辺には、修学旅行の小学生たちが、賑わっていました。
2014年5月28日水曜日
「人生を変えたい、その時。」こんなタイトルすてき。
今朝、ミサのまえに、司祭が言いました。「水曜日は聖ヨゼフの日です。病者の回復を願って、聖ヨゼフの取次ぎを祈りましょう」。今朝の聖ヨゼフの庭に、きれいな赤い花が目に留まりました。最近、日に何度か、口ずさむタイトルがあります。「人生を、変えたい、その時。」という一句です。いい、タイトルと思いませんか。これは先日、若者が訪ねてきました。日記にも書きました。彼が今年の正月に来たとき、言ったのが「人生を、変えたい」でした。そして教会へ行き始めたという嬉しい報告です。もっとも、自分を変えないで、周りの人と穏やかに、平穏に暮らせるのも、幸せでしょう。でも、時には、あの若者のように、「洗礼を受けては居るが、教会へ行ったことがない。今年は教会へ行こう。自分の人生を少し変えてみよう」。そう思い、自分の弱さに打ち勝つのも、進歩があります。一度しかないジンセイですから、自分を大事にしましょう。弱い習慣があれば、改めて、少し前進する。自分の心の庭にも、幸せの花を咲かせたいです。「人生を変えたい、その時。」。さあ、何が必要でしょうか。
2014年5月27日火曜日
タクシーの乗務員が息を切らせて、来て言うには。
「いま、お客さんを、そこで、降ろしました。ちょっと、いいですか。寄らせてください」。息を切らせて、タクシーの運転手さんが、飛び込んできた。「ああ、ここがコルベ神父さんのお部屋ですか。実は、ですな。1ヶ月ほど前でした。運転中に、具合が悪くなって、医院へ診てもらったら、即、入院ですタイ。10日ばかり居りました。本棚があって、コルベ神父さんの本があったとです。読みましたら、感動しました。長崎へ居らした人が、ですよ。イノチば、ささげて、偉かですな。誰にでも、出きる事では、ありません。本を何回も読みました。それで、初めてここへ来ました」。運転手さんは、じょじょに熱をあげて語るのでした。それを聞いた修道士も、だんだんと熱を帯びてきました。「お客さんで、教会めぐりがしたい希望者がいたら、ここへ連れてきなさい」「いいえ、わたしは、そげな、商売げは、なかですけん」「大浦天主堂、聖母の騎士、日本26聖人教会、浦上天主堂、これだけ回れば上等です。教皇ヨハネ・パウロ2世は、長崎で、この4つの教会を回られたから、ね」「そげん、ですか。わかりました」。運転手さんは笑顔になって、「こんど、休みのときに、ゆっくり来ますばい」★誰もが、コルベ神父の身代わりの愛には無条件で感動する。
2014年5月26日月曜日
福岡の若者、現れる。明るい顔で、ニコニコ。
今年の正月だった。福岡から、1人の若者がきた。純平くんだ。彼は言った。「自分は歳は30になる。幼児洗礼を受けているのに、教会へ行ったことがない。コルベの洗礼名もいただいている。今年は、自分を変えたい。教会へ行きたい。しかし、よく分からない」と、聖コルベ館へ来た。「おお、そうか、がんばれよ」と励ました。そして、福岡の教会の知り合いに連絡して、若者を助けてくださいと頼んだ。その彼が、半年ぶりに、明るい顔でやってきた。うれしいじゃないですか。「教会へ行くようになりました。努力しています」。よかった、よかったと言いながら、修道士は彼に告げた。「神さまのお恵みをもらった時には、感謝するんだよ。そしたら又、次にお恵みがくる。又、感謝すれば、お恵みが、つながってくるようになる。せっかくの恵みも、怠慢で断ち切れば、恵みは途絶えてしまう。感謝するのが、大切なんです。お恵みを、つなぐのが大事なんです」。純平くんは、懸命に働いている。ルルドでお祈りして、喜んで帰った。おやつを、2個持たせた。★1月13日の日記に載せている。
2014年5月25日日曜日
聖母の騎士ルルド祭。歌声ひびき、マリアに賛美。
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