2014年4月23日水曜日

うしろに、こけた。ああ、あぶない。でも大丈夫だった。

今朝、朝食のとき、神父さんから言われた。「こけて、それでも大丈夫だったから、よかったな」「ウン、おかげで、ね」。あらためて、本当に感謝しました。その次第は、こう、です。昨日のドライブ。あち、こち、回ったから、足元が大層、疲れていた。途中で、山の木の杖を拾って使った。出津(し・つ)のドロさまの救助院まで来た時、足元が大変、疲れていた。そこには案内役のシスターが居ました。一行が来たので、特別に、親切に、説明してくれた。「さあ、終わって、帰ろう」。庭から上へ、高くなっている道路へ登る石段があった。「6、7段の、石段だったろうか」。そのとき、「ああ、おんじゃく・いし(雲母・花崗岩)ばいね」とい思いつつ、片手に、杖を支えて、2段目ぐらい上がりました。すると急に、ふあっとした気持ちになり、そのまま、うしろに倒れたのです、ああ、あぶない、危ない、すると誰かが、後ろから背中をささえた。そのまま、ドカッと、背中、アタマを、庭のコンクリに、ぶっつけた。フアッとしたかと思うと、誰かと、いっしょに倒れたのです。うしろの人、誰かか?分かりません。その人のおけげて、アタマを打たず、カラダうを打たず、無事だったのです。それを今朝、「よかったな」と言われたのでした。誰が支えて、無事にしてくれた?わかりません。見ていた人たちが言うのです。それはシスターでした、と。「え、えッ、そう、なんですか」とカンシャしました。そのシスターが、この人です。「やっぱり、助ける人がいた。ありがとう」

2014年4月22日火曜日

復活祭・春のドライブ。西彼杵半島をめぐる。楽しい。

毎年、復活祭の後で、全員で、近場に日帰りのドライブする習慣があります。それに従って、出かけた。今年は、西彼杵(にし・そのぎ)半島をめぐる巡礼となる。曇り空のもと、朝は9時に出て、夜の7時頃に帰った。かなり車に揺られたわけです。それでも楽しいドライブでした。最初は、時津町の①日本26聖人上陸地へ行く。それから②小干が浦の殉教地へ回った。非常に分かりにくい、海辺の場所です。(写真)。「今日の巡礼と、ここの殉教者のため、合わせて1連を唱えましょう」と呼びかけると、みんなが受け入れてくれて、祈りました。次いで、③大村の殿様・純忠が洗礼を受けて、貿易でも栄えた横瀬が浦を訪ねた。海辺の集落です。ここで昼食をとる。《船番所》という食事処で、バイキングを楽しみました。午後からは、④中浦ジュリアン生誕地であり、中浦を訪ねた。樹木が大きく茂って伸びているのが驚きでした。⑤ドロ神父・大野聖堂。⑥ドロ神父・救助院を訪問する。2階建てのドロ教育場所です。ドロさまは、村の未婚の女性を、ここに合宿させて、宗教教育、農業の指導、生きる知恵など教えて、ここから結婚させたり、シスターの道を開いた。結婚した女性の子供から、多くの聖職者が生まれ、育ったのです。出津に、なぜ召し出しが多いのか、そのヒミツは、ここだった。それを忘れては、いけません。意味があるのです。そう思いつつ最後の場所は⑦桜の里・教会を訪ねる。ここは初めての訪問でした。ここで又、声をかける。「巡礼の恵みに感謝して、又1連を唱えましょう」。みんなは応じてくれた。うれしい限りです。みんなで唱えました。その後で、夕食は、回転寿司でした。健康で、無事に終わった次第です。

2014年4月21日月曜日

突然の痛み。水ぶくれ。尋常じゃないぞ。治療に専念。

胸部の左側、脇の下あたりが、キリ、キリと、痛む。数日前から、その症状があった。「おかしいなあ。骨でも折れているのかなあ」。倒れた心当たりはない。痛みは、じょじょに激しくなる。弱音を吐かず、ガマンしていて、いいのか。迷っていたが、思い切って、午前中に、町のクリニックへ診察へ行った。お医者さんに、痛むところを見せるなり、「帯状疱疹です」と言われた。「え、えッ」と、あっけに、とられる。前に、1箇所、背中に、2箇所。赤く、ふくれ上がっている。老人になると、免疫が低下する。その反動で起こるらしい。点滴を打たれて、クスリをぬられた。「水ぶくれになって、つぶれて、液が皮膚につくと、広がりをみせる」。治療するように、告げられた。「ジンセイ、いろいろ有るが、それでも恵まれている。時には、痛むも、いいだろう。忍耐するしかない。わが身だ。いまを大事にしよう」★鹿児島からの女性が、色紙、3枚を買い求めてくれた。その中の1枚、梅の色紙です。「いろいろ有ったが、恵まれていた。だから今がある」。この句を選んだ。

2014年4月20日日曜日

主の御復活、お祝い、おめでとう。平和と、平安を祈る。

ポーランドの復活祭のお祝いのカードです。クラクフのコンラードさんから届きました。独学で日本語を勉強したというコンラードさん。漢字もきれいな字で書いている。「日本人より、じょうずだよ」。★昨夜の復活徹夜祭、電気を消した聖堂の玄関にみんなが集まった。炭火から、新しい火を、大きな《2014》のロウソクに点ける。「ルーメン、クリスチ(キリストの光)」と司祭の闇の中での声。信徒は、手にもった小さなロウソクに、大きな火から次々に点じていく。ここで、ちょっとしたハプニング。暗闇のなかで、危ふく、足元が揺らいで、転びそうになった。「こりゃ、あぶない」と、老いを感じる。だが、負けじと、ミサのあいだは、大きな声で、聖歌をうたった。「声を、大きく、だそう。気合をいれるために。低めの声の、祈りは、好かん」。主の復活だよ。ゲンキを出そうではないか。ニンゲン、いくら背伸びしても、限りがある。もっと大きな視点にたって、全体を眺めなければ、解決しないだろう。主の復活から、チカラ強い、パワーをいただける。アレルヤ。

2014年4月19日土曜日

聖人になるパパさまの切手。ポーランドから届いた。

きれいなパパさまの切手。教皇ヨハネ・パウロ2世。多くの人から親しまれたパパさま。日本へも来られた。忘れません。身近く、パパさまのおそばに行ったことも、何度かある。思い出も多いパパさまです。ポーランドの生家にも、巡礼したこともある。来る4月27日、復活祭の第2の日曜日、神のいつくしみの日に、聖人のくらいにあげられます。パパさま、おめでとうございます、と切手はお祝いしています。パパさまの母国、ポーランドの国らしいですね。切手をいち早く送ってくれたのは、ポーランド・クラクフに住んでいるコンラードさんです。復活祭のお祝いのカードも着きました。コンラードさん、ありがとう。★生涯を燃やして、ちから、つよく、生きぬいた、と言われる人生、になりたいです。★126★

2014年4月18日金曜日

2人の女性が別れに来る。いい旅、アメリカへ帰ります。

皆さん、いい顔、していますね。「来たーッ」と、4月の上旬に1年ぶりに再会した、アメリカ在住の洽子(こう・こ)さんが、お手伝いのメキシコ人の女性をつれて来たが、あれから2週間が経って、2人はお別れにきた。これまで何度か訪問している。笑顔の美しいエスぺランザさんは、毎回、ルルドの掃除、奉仕を喜んでおこなった。いつも掃除を心がけている。彼女が「きょうは、門のところに着いて、階段あがって、ルルドまで、何歩あるか、数えた。434歩あった」言うのです。それを聞いて、修道士は、大笑いしたよ。(これまで何10年と、ここに居るが、階段を数える者はあっても、歩数を数える者は、あなたが、最初だった。びっくりだよ)。テキサスの洽子(こう・こ)さんも今度の旅に満足し、喜んでカンシャの言葉をつげた。「本当に沢山の人に出会って、神さまの導きでした」。エスぺランザさんの笑顔、ニコニコのお陰で、出会いの広がりが、できた。いい旅でしたね。明るいお顔をされていた。今日また、色紙を20枚送ってくださいと、頼まれた。あわせて、40枚ですよ。これも初めてです。「また会いましょう。ゲンキにしているからね」。希望を持つ者は幸せです。再会を祈っています。★さっそく、松下修道士さんに、ルルドまで「何歩あるか、数えてみて」と頼んでみた。「門から、ルルド(庭のさい銭箱)まで、430歩あった」と報告。「えー、えッ」と、数字が、ほとんど同じだったので、カンドウしたよ。「巡礼の旅でした」という2人は、いい思い出を残した。2人のことは、いつまでも忘れない。出会いの恵みとは、こういう出来事なんだよ、ね。★178★

2014年4月17日木曜日

カラダは、これで、いいのか。生かされて、カンシャ。

予約の診察の日です。朝から、気が重くなります。聖コルベ館を早めに出かけます。泌尿器科へ着いて、尿コップをもらって、名前を呼ばれて診察室へ入る。お医者さんと、いくつかの言葉をかわして、廊下に出ます、その間、30分ほどでした。自分のカラダは、これで、いいのか。わかりません。痛いところや、不安は沢山ある。「5月半ばに、予約の診察。そのときに、ステント入れ換える日を決めましょう」。今は、ステントに頼らないと、生きては、いけないカラダになっている。それだけは、確かです。どのような症状になれば「アウト」か。およその見当はついています。日々、生かされているのを、痛切に感じています。ナマイキなことは、もう言うな。カラダから、心へ染み込ませる言葉です。説得させる文言です。それで、ジッと、できれば、いいのですが、ね。★午後から、介護のヘルパー(男性)がきて、入浴させてもらった。気持ちを取り直し、やや、晴ればれ、すっきり、なりました。