2014年3月31日月曜日

ポーランドからの客。「何事も、神さま無しに語れない」

3月の終わりの日です。うれしい見学客があった。赤いお服のお母さん。その隣、息子さん。ポーランドから3週間の旅行できた。お母さんの名前、クリスチナ。コルベ神父さんが好きです。ポーランド語の騎士誌を読んでいる。息子と初めて日本へ来ました。右側の女性、娘です。お姉さん。いま九州・福岡県に住んでいる。日本人男性と結婚した。「それでお母さんと、弟を呼びました。お父さんは飛行機が怖いです。来なかった。お母さんは自然が好きです。黒川温泉へ連れて行った。これから屋久島へ行きます。私は度々屋久島へ行った。すばらしい所です。お母さんも喜ぶでしょう」。かわいい女の子、男の子。風車をプレゼントした。お母さんに聞きました。「常日ごろ、思うこと、ありますか?」。ポーランド語で答えた。「べズ・ボガ・アニ・ド・プロカ(神さま、無しには、踏み台にも、あがれない)」。何事も、神さま無くしては、語れない。すばらしいコメントでした。今日の1日、とても楽しい日になりました。旅行は、安全に。幸せ、祈ります。

2014年3月30日日曜日

長崎は、いまがサクラの満開です。やっと春が来たね。

大山カトリック教会の庭にあるサクラです。(長崎市・大山町)。見事に咲きました。いまが、見ごろです。毎年、見物に来ているが、今年の見物客は、多かった。主任司祭・三村誠一神父さん(前列・右2人目)を囲んで、記念に、松下修道士のカメラで写しました。

2014年3月29日土曜日

自転車の青年、来る。聖書を読んでいます、東大生。

今朝は、雨が降っている。開館まもなく、1人の青年が入ってきた。「ぬれたでしょう」。なんと、彼は自転車できた。休みを利用して、東京から、電車と、時には自転車に乗って、九州入りをして、はじめて長崎へ来た。「昨夜は、ネット・カフェに泊まった」「え?長崎にも、ネット・カフェがあるの?」。若者らしく、安上がりの旅をつづけている。市内で出会った女性に聖コルベ館を教えられ、来た。大学2年を終わって、今度、3年生。大学に入って、勧められて聖書を親しみ読んでいる。聖書といわれて、今朝、ミサで読んだ聖書の言葉を思い出した。「高ぶる者は、低くされ、へりくだる者は、高められる。読んだこと、ある?」「あります」と青年。「偉そうぶる者に、真実はない。能あるタカは、爪をかくす。そういう人が値打ちがあるんだよね」。若者は老人の意見に同調してくれた。「いくつね?」「21、です」「若い、なあ」。人間は、誰しも、心にひびく、何かを持っているんですね。若いのに彼が言うには、「遊んで、楽しんでも、つまらない」「人のために生きよう」「自分は恵まれている」。などなど考えて、「開発途上の人のために尽くしたい。いのちを救いたい」「自然のいのちも大切です」。そのような気持ちだと言った。こちらが教えられるよ。コルベ神父のことは知らなかった。印象づけるように、しっかり説明した。「これも、ご縁だよ。覚えていてね」とアクシュ。「ルルドへ登りなさい」。東大生という彼は、雨のなか、ルルドへ向かった。自転車と荷物を資料室に、残して。

2014年3月28日金曜日

春たけなわ晴天、大山教会のサクラ見に出かける。


毎年、出かけています。サクラ・満開。大山教会のお花見。主任の三村神父さまにもご挨拶。当方、10人の修道者。修練を始めた3人の若者も入っている。「やあ、1年ぶりだよ」。教会の庭に、白いマリアさまのご像。手で引くアンゼラスの鐘の塔もあって、ウグイスがやかましく、鳴いている。騎士から車で、30分。午前10時30分に着いて、教会で、ロザリオを1連唱えました。サイン帳に、名前を書く。墓地に登って、長崎港の景色を展望。それは、すばらしい眺めです。お昼のお弁当を開いて、飲みました。食べました。三村神父さまもいっしょでした。大山町全体が、カトリックの家族・70戸。教会を中心に、信仰を守っている。平和な集落ですよね。毎年、同じときに来るようになって、5、6年になる。春は、ここから始まる感じです。心も和みます。親から受け継いだ信仰を守って、幸せと思いますよ。生きる指針に、大事にしたいと、あらためて思いました。祈りました。いいカオ、しているでしょう。前にも書きました。「カラダの不自由さ、かかえている。承知している。それでも生きる。あと1年は、なんとしても、生きたい。その望み、強く有ります」

2014年3月27日木曜日

1つの記念日。27日。誓願49年目。この日の出来事。

朝、いつものように5時に起きる。身支度して、聖堂へ。ミサの前に、1人の司祭が声をかけた。「誓願、49年だよ」。ああ、そうか、この日、修道士の誓願を立てたのだった。昔を思い出した。司祭は、ミサで祈ってあげるという。あと1年、がんばれば、50年の金祝になる。今日から、その1年が始まる。それらを意識しながら、朝食後に、予約の泌尿器科・診察へ出かけた。自分の体内には、どのような変化、病状が起こっているのか。内部は目に見えないから、よくは分からない。お医者さんの説明を聞いた。気持ちが、重くなる。とにかく、いまは、「生かされている」のを感じる。それだけです。次に、町のクリニックに寄った。心臓の不整脈を、心電図で調べてもらう。昼食前には、帰った。午後から、しばらく休んだ。介護のヘルパーさんが来る。入浴の介護をうけた。カラダを洗いながら、ヘルパーさんが「調子は、どうですか?お医者さんは、どう言われました」と聞く。「ええ、まあ」と、はっきりした返事はしなかった。ただ次の強調をした。「ヘルパーさんのお陰で、この冬、寒さにも耐えて、乗り越えることが出来た。少々不具合の日もあった。1人なら入浴は、しない。しかし定期的に入浴して、清潔になり、心も安定して、風邪もひくことなく、よかったですよ」と感謝した次第です。ヘルパーさんも喜んで帰られた。さあ、これから次の1年、3月27日に向かって、祈りつつ、前へ進もう。

2014年3月26日水曜日

来てみて、初めて距離感が分かる、とお母さん。

昨日の親子の、つづき。お母さんは、ブログを読んいる。「来てみて、初めて距離感が分かる」と、コルベ神父の額のところへ。すかさず「写真を撮るよ。日記に載せるからね」。JRに勤めている智之さん。27歳。車掌さんだから、大阪中心、環状線など、駅名、すべてを知っている。お母さんが言うには、「この子は生まれが、8月15日、聖母の被昇天の祭日です。出産入院は、14日。コルベ神父さまの日でした」と誇りに語っていた。このお母さんについて感心したのは、聖コルベの居室に案内した時です。「ここにベッドがあったんです」と言えば、お母さんが「セルギウスさんが、コルベ神父さまのベッドの敷きワラをほぐして、やわらかくしてあげた。コルベ神父さまは《しないでください。少しは犠牲をしたいから》と断る。セルギウス修道士は言うことを聞かず、いつもワラをほぐしていた」。こんな詳しい話をお母さんから聞かされて、びっくりしました。騎士誌を愛読している。「原爆、体験して、ゼノさんに助けられて、最近は度々入院して、それでもお元気そう」と、よく知っておられる。町のどこかで、こんなに見守ってくれる人が居るんですね。ありがたいです。2人は聖コルベ館でゆっくり過ごして、色紙を3枚買い求めて、ルルドへ上って行った。「色紙は、ブログで見ていました」。感心しました。親子の幸せを祈りました。「洗礼、受けてから、又イラッシャイ」

2014年3月25日火曜日

喜びの再会。JRの、爽やかな若者。母を連れて来た。

やっと、パソコンが正常になり、稼動したとき、うれしい2人の見学者ありました。若者とお母さんです。若者は2年前に1人で来ていた。今度はお母さんといっしょです。お母さんが「ブログを見ている」と嬉しいことをいう。さっそく、資料室の黒イスに招いた。息子が来た日を覚えていた。「10月30日です」。びっくりだよ。どれどれと、先ずアルバムを探してみる。「あったよ、写真が」。ホレ、ごらん、と喜んでいる写真です。そこで今度は、日記を調べてみると、写真も記事も詳しく載っていた。記事を読み上げると、母も息子も嬉しそう。「おお、良く書けているよ」と、自分でも満足する内容だった。「この青年とは、ウマが合いそうだ」と、お母さんが覚えていた。「三宮で、長崎オラショの旅を買って来た」「JRの駅に勤めている」「職場に居ると、忍耐、ガマン、自制心が大切です」という青年。日記には、メロンを食べさせた、と書いてあるが、もちろん当方は忘れていた。お母さんはカトリックです。「明石の教会の書棚に、セルギウス修道士さんの《超えて来た道》があった。読みました」。昨日、長崎へ。1泊2日の旅。カトリック・センターへ泊まり、今朝は浦上天主堂のミサで祈る。すぐ聖コルベ館へ。修道士さんに会えるかな?幸い、お互いに出会って、大きな喜びだった。息子の名前は、智之。JRの車掌さんを務めている。目指すは、運転士、と、この優しいカオだよ。