長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2014年3月31日月曜日
ポーランドからの客。「何事も、神さま無しに語れない」
3月の終わりの日です。うれしい見学客があった。赤いお服のお母さん。その隣、息子さん。ポーランドから3週間の旅行できた。お母さんの名前、クリスチナ。コルベ神父さんが好きです。ポーランド語の騎士誌を読んでいる。息子と初めて日本へ来ました。右側の女性、娘です。お姉さん。いま九州・福岡県に住んでいる。日本人男性と結婚した。「それでお母さんと、弟を呼びました。お父さんは飛行機が怖いです。来なかった。お母さんは自然が好きです。黒川温泉へ連れて行った。これから屋久島へ行きます。私は度々屋久島へ行った。すばらしい所です。お母さんも喜ぶでしょう」。かわいい女の子、男の子。風車をプレゼントした。お母さんに聞きました。「常日ごろ、思うこと、ありますか?」。ポーランド語で答えた。「べズ・ボガ・アニ・ド・プロカ(神さま、無しには、踏み台にも、あがれない)」。何事も、神さま無くしては、語れない。すばらしいコメントでした。今日の1日、とても楽しい日になりました。旅行は、安全に。幸せ、祈ります。
2014年3月30日日曜日
長崎は、いまがサクラの満開です。やっと春が来たね。
大山カトリック教会の庭にあるサクラです。(長崎市・大山町)。見事に咲きました。いまが、見ごろです。毎年、見物に来ているが、今年の見物客は、多かった。主任司祭・三村誠一神父さん(前列・右2人目)を囲んで、記念に、松下修道士のカメラで写しました。
2014年3月29日土曜日
自転車の青年、来る。聖書を読んでいます、東大生。
今朝は、雨が降っている。開館まもなく、1人の青年が入ってきた。「ぬれたでしょう」。なんと、彼は自転車できた。休みを利用して、東京から、電車と、時には自転車に乗って、九州入りをして、はじめて長崎へ来た。「昨夜は、ネット・カフェに泊まった」「え?長崎にも、ネット・カフェがあるの?」。若者らしく、安上がりの旅をつづけている。市内で出会った女性に聖コルベ館を教えられ、来た。大学2年を終わって、今度、3年生。大学に入って、勧められて聖書を親しみ読んでいる。聖書といわれて、今朝、ミサで読んだ聖書の言葉を思い出した。「高ぶる者は、低くされ、へりくだる者は、高められる。読んだこと、ある?」「あります」と青年。「偉そうぶる者に、真実はない。能あるタカは、爪をかくす。そういう人が値打ちがあるんだよね」。若者は老人の意見に同調してくれた。「いくつね?」「21、です」「若い、なあ」。人間は、誰しも、心にひびく、何かを持っているんですね。若いのに彼が言うには、「遊んで、楽しんでも、つまらない」「人のために生きよう」「自分は恵まれている」。などなど考えて、「開発途上の人のために尽くしたい。いのちを救いたい」「自然のいのちも大切です」。そのような気持ちだと言った。こちらが教えられるよ。コルベ神父のことは知らなかった。印象づけるように、しっかり説明した。「これも、ご縁だよ。覚えていてね」とアクシュ。「ルルドへ登りなさい」。東大生という彼は、雨のなか、ルルドへ向かった。自転車と荷物を資料室に、残して。
2014年3月28日金曜日
春たけなわ晴天、大山教会のサクラ見に出かける。
毎年、出かけています。サクラ・満開。大山教会のお花見。主任の三村神父さまにもご挨拶。当方、10人の修道者。修練を始めた3人の若者も入っている。「やあ、1年ぶりだよ」。教会の庭に、白いマリアさまのご像。手で引くアンゼラスの鐘の塔もあって、ウグイスがやかましく、鳴いている。騎士から車で、30分。午前10時30分に着いて、教会で、ロザリオを1連唱えました。サイン帳に、名前を書く。墓地に登って、長崎港の景色を展望。それは、すばらしい眺めです。お昼のお弁当を開いて、飲みました。食べました。三村神父さまもいっしょでした。大山町全体が、カトリックの家族・70戸。教会を中心に、信仰を守っている。平和な集落ですよね。毎年、同じときに来るようになって、5、6年になる。春は、ここから始まる感じです。心も和みます。親から受け継いだ信仰を守って、幸せと思いますよ。生きる指針に、大事にしたいと、あらためて思いました。祈りました。いいカオ、しているでしょう。前にも書きました。「カラダの不自由さ、かかえている。承知している。それでも生きる。あと1年は、なんとしても、生きたい。その望み、強く有ります」
2014年3月27日木曜日
1つの記念日。27日。誓願49年目。この日の出来事。
2014年3月26日水曜日
来てみて、初めて距離感が分かる、とお母さん。
昨日の親子の、つづき。お母さんは、ブログを読んいる。「来てみて、初めて距離感が分かる」と、コルベ神父の額のところへ。すかさず「写真を撮るよ。日記に載せるからね」。JRに勤めている智之さん。27歳。車掌さんだから、大阪中心、環状線など、駅名、すべてを知っている。お母さんが言うには、「この子は生まれが、8月15日、聖母の被昇天の祭日です。出産入院は、14日。コルベ神父さまの日でした」と誇りに語っていた。このお母さんについて感心したのは、聖コルベの居室に案内した時です。「ここにベッドがあったんです」と言えば、お母さんが「セルギウスさんが、コルベ神父さまのベッドの敷きワラをほぐして、やわらかくしてあげた。コルベ神父さまは《しないでください。少しは犠牲をしたいから》と断る。セルギウス修道士は言うことを聞かず、いつもワラをほぐしていた」。こんな詳しい話をお母さんから聞かされて、びっくりしました。騎士誌を愛読している。「原爆、体験して、ゼノさんに助けられて、最近は度々入院して、それでもお元気そう」と、よく知っておられる。町のどこかで、こんなに見守ってくれる人が居るんですね。ありがたいです。2人は聖コルベ館でゆっくり過ごして、色紙を3枚買い求めて、ルルドへ上って行った。「色紙は、ブログで見ていました」。感心しました。親子の幸せを祈りました。「洗礼、受けてから、又イラッシャイ」
2014年3月25日火曜日
喜びの再会。JRの、爽やかな若者。母を連れて来た。
やっと、パソコンが正常になり、稼動したとき、うれしい2人の見学者ありました。若者とお母さんです。若者は2年前に1人で来ていた。今度はお母さんといっしょです。お母さんが「ブログを見ている」と嬉しいことをいう。さっそく、資料室の黒イスに招いた。息子が来た日を覚えていた。「10月30日です」。びっくりだよ。どれどれと、先ずアルバムを探してみる。「あったよ、写真が」。ホレ、ごらん、と喜んでいる写真です。そこで今度は、日記を調べてみると、写真も記事も詳しく載っていた。記事を読み上げると、母も息子も嬉しそう。「おお、良く書けているよ」と、自分でも満足する内容だった。「この青年とは、ウマが合いそうだ」と、お母さんが覚えていた。「三宮で、長崎オラショの旅を買って来た」「JRの駅に勤めている」「職場に居ると、忍耐、ガマン、自制心が大切です」という青年。日記には、メロンを食べさせた、と書いてあるが、もちろん当方は忘れていた。お母さんはカトリックです。「明石の教会の書棚に、セルギウス修道士さんの《超えて来た道》があった。読みました」。昨日、長崎へ。1泊2日の旅。カトリック・センターへ泊まり、今朝は浦上天主堂のミサで祈る。すぐ聖コルベ館へ。修道士さんに会えるかな?幸い、お互いに出会って、大きな喜びだった。息子の名前は、智之。JRの車掌さんを務めている。目指すは、運転士、と、この優しいカオだよ。
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