2014年1月31日金曜日

積極的に良いこと、すれば、勝手なことは、なくなる。

ブリ神父さんを訪ねた(写真・左)。今日は、聖ドン・ボスコの記念日です。この教会は、聖ドン・ボスコに捧げられた聖堂です。大きな写真と、右側の壁にも、絵がありました。ブリ神父さんは、こんな話をしてくれた。「ワタシね。幼稚園のお母さんたちに、こんな話をします。A+B-C=予防教育、というのです」。なんだか、オモシロそうですね。説明してください。「Aは、Allegroアレグロ(ゆっくり)、Bは、Buonoヴォノ(よい・善)、Cは、Cattivo勝手なこと)、イタリア語です、つまり、あかるく、積極的に、良いことをすれば、自然に、よくないこと、勝手なことは、なくなります。これが予防の教育です。これが聖ドン・ボスコの教えでした」。すばらしい教えですね。あれ、してはダメ。これ、しては、イケナイ。ダメ、ダメ、ばかりでない。いいこと、これする、あれする、そしたら良くないこと、なくなります。ヒントになる教えです。「ワタシたちの生活も、そのようにしましょう」。ブリ神父さんから教えられて、気持ちがいい1日でした。ブリ神父さん、ありがとう。また来ますから、いい話を聞かせてください。★早くも、1月は終わりました。ソチ・オリンピックが近づき、テレビに、スケートの場面が映っている。「母と子だけの生活でした。母は、大事に育てたんですね。スケートは危ない。買ってくれなかった。それでも息子は、氷の上で、けっこう楽しく遊んでいた。滑って、転んで、腰を怪我した。そこから人生が、大きく傾いた。 

2014年1月30日木曜日

温泉、3日目。具雑煮を食べて、長崎へ帰る。よかった。

午前中に、長崎へ帰ります。この度は、島原へ行って、具雑煮(ぐ・ぞう・に)を食べました。写真のナベ料理です。サムライ戦争のときや、庶民の生活が貧しかったとき、何でも入っている、栄養のあるもの、そのようなつもりで、この具雑煮を食べたそうです。島原のお城のまえに、食事処があった。お昼どき、満席で、繁盛していた。みなさん、観光客ですね。誰もが、具雑煮を食べている。「島原へ来たら、具雑煮でしょう」。合言葉です。具雑煮に入っているものは、少しずつですが、次の通りです。鶏肉、大根、にんじん、サトイモ、白菜、ごぼう、しいたけ、油揚げ、高野豆腐、丸い餅、タマゴ、カマボコ、切りこぶ、など沢山入っている。量は、少しずつ入っているから、食べやすい。想い出になる味でした。★おかげさまで、今月も温泉に浸かって、ゲンキが出て、さあ、また、がんばりましょう。午前中に、聖コルベ館へ帰って来た。「おお、あかるいカオ、しているな」。そう言われれば、うれしいよ。普通は、「あれ、食べた」「これ、食べた」と言いません。しかし、この度は、「かき、おいしかった」と言いました。具雑煮は言わなかった。普通の生活が始まる。午後、ゆっくり眠った。やっぱり疲れているのか。夕方、スッキリした気持ちで、夕べのお勤めを祈りました。「生かされて、今日も祈り、幸せを感じています」


2014年1月29日水曜日

温泉、2日目。島原へ出かける。オヒナさん。キリシタン。

島原へ出かける。天気は良好なのに、山や、海の景色が、薄くモヤがかかっている。車に乗っていても、目がショボ、ショボ。はっきりしない。あとで分かった。大気が汚染されている。どこからか汚染が流れて、島原までも影響する。ザンネンなことですよ。この日は、旧の正月の1日まえ。島原では、おひなさんの展示・準備が行なわれていた。写真は展示の、ほんの1部です。なごみますね。島原は悲しい歴史がある町です。島原城内には、キリシタンの遺品展示も常設されている。金の十字架もあります。400年前の、十字架ですよ。よくぞ残ったものです。キリシタンの悲しみがあるかと思えば、優しい、いとおしい、オヒナさんなどの「和」もあるんですね。島原の救いですよ。こんな細かいオヒナさんを並べるのも、タイヘンやな、思いました。★島原半島を、行きは海沿いの道から、お城へ迎い、帰りは、山沿いの道をオバマへ戻る。島原半島の中央にそびえるのが、普賢岳(ふげん・だけ)です。平成になってから、大バクハツしました。多くの市民が犠牲になった。ここにも悲しい歴史がある。大自然の成り行きには、ニンゲンの力は弱く、なすすべを知りません。ニンゲンは小さな存在です。「主よ、ニンゲンの弱さのなかに、あなたの救いのチカラが示されますように、祈りました。★オバマ温泉へ帰って、ゆっくり休みました。日ちゅう、風呂に入りました。気持ちが、ゆったり、なります。ありがたいですね。喧騒から離れて、ひとりで過ごせるのも、大きなお恵みです。反省のこころも湧けば、カンシャのきもちにも、なる。こういう日も、必要と思います。活力の原動力にも、なる。★車での協力・運転手は、藤下先生。山の学校の時代、教頭先生を勤めた。いまは退職し、愛野・地域で、バトミントンや、将棋で、活動している。奥さんを亡くして、1年になる。イヌの散歩が楽しみです、と言った。「ツー、カー」の仲です。ありがとう。

2014年1月28日火曜日

島原・オバマ温泉へ。1日目。有明海のかき、食べる。

温かい温泉へ行きます。写真の男性、藤下先生が迎えに来てくれた。白い車に乗って、出かけた。「行き先は、島原のオバマ温泉です。午後2時過ぎに着けばいいから、寄り道しましょう」「どこへ行きますか?」「有明海ぞいの、かき小屋へ行きましょう。いま、かき(海のかき)のシーズンです」(本当は、海のかきは、好きではないんです)。それでも、温かい日よりに誘われて、行くことにしました。有明海の町、海岸添いに車を走らせると、町の漁業組合を経営している、かき小屋があった。ちょうと、お昼まえでした。事務所で、かき、干しサカナ、を購入する。小さいかき、15個、1.000円。大きなかき、13個、1.000円。品々を持って、写真・前方の小屋に入る。イロリに、竹の炭(これが、めずらしい。竹で作った炭です・地元産で、火力は強い)が赤く染まっていた。かきを並べると、「ポン」「ポン」と、かきが、はじける。もう食べられる。外地で生まれ、外地で育った者は、かきを食べる習慣がなかった。ほとんど食べなかった。みなさんは、「おいしいのに」というが、おいしいとは思わない。しかし、この日ばかりは、食べました。幾つ食べただろう、数えては、いない。大きいのは、かきが、10cmは、あったね。食べた仲間は、ほかに、もう2人いた。いまが旬です。有明海のかきは、そりゃ大きくて、リッパでした。★2時半ごろ、温泉に着いた。富士屋さんにお世話になる。泊まる部屋は決まっている。時間の過ごし方も決まっている。入浴して、しばらく休んで、祈りをして、夕食となる。夜は早めに就寝する。平和な、1日を終わります。

2014年1月27日月曜日

診察へ。入院の日を決める。お前の人生、耐えるしかない。

気持ちは、重いです。泌尿器科の予約の診察へ。お医者さんは言った。「そろ、そろ、ステントの入れ替えをしましょう」。暦を見ながら、「2月5日は?」「いいえ、それは外してください」(日本26聖人の祝日で、修道名のお祝いです。何が、何でも、その日は、ねえ)「6日は、どうですか?」「じゃ、その日に決めますか」。決定。2月6日、午後、手術室へ。その夜は入院する。「血液検査と、胸と腹部のレントゲンを撮ってください」。レントゲン室へ。胸の撮影は慣れている。ところが腹部。台に仰向けに寝て、白衣の男性が、おなかを押さえて、「吸うてェー、吐いてェー」と言って、操作機械へ走って去った。「吐いた、はイイけれど、息が続かない。噴出したよ。ハイ、もう1度頼みます。今度は、機械の傍で、声をかけてください」。初めての経験だった。★老いても、病んでいても、表むきは、ニッコリ笑って、ハイ、イラッシャイ。その掛け声で行きたいね。自分は、自分という「者」を、いちばん、よく知っている。今の自分も。過去の自分も。★知識を語るよりも、体験を語る方が、人の心にひびく。体験ですよ、強烈なのは・・・そう思います。

2014年1月26日日曜日

ライモンド、居ない。心配の声、多々あり。早く出て来い。

食事のとき、神父さんが突然、言った。「ライモンドが、帰って来たよ。トマさんに、知らせなければ、と思った」「エッ、ほんとう?」「ユメ、見たんだよ」(なーんだ)。ライモンドが居なくなったと、日記に知らせたら、6人からコメントが入っていた。びっくりですよ。ライモンドにファンが居るのは、知っています。それにしても、この反響には、おどろきですね。ライモンド、みんな心配しているよ。①「どこに居るの?元気な姿を見せてほしいよ。(匿名さん)」。②「どこに居るの?帰っておいで。(コルベさん)」。③「何年も留守をして、元気に帰ったネコもいる。希望を失わないで。(てれじあさん)」。④「たぶん、縄張りを追い出されたのでしょう。帰ってきたら、院内で飼ってください。(みどりさん)」。⑤「ルルドに居ないでしょうか? erikoさん)」。⑥「心配です。どこかで温かく過ごせているといいんだけど。(まゆみさん)」。ライモンド、ほれ見ろ。こんなに、みんな心配しているぞ。「出て来い、出て来ーい。待ってるぞ。神父さんも、ユメにまで見て、心配しているぞ」。迷えるヒツジじゃ、ない。ネコ君よ。

2014年1月25日土曜日

緊急報告・ライモンド、行方不明。事故か、事件か、捕獲か。

ライモンド、どこへ行った?最近、全く姿を見せないのです。ライモンドは、屋内に上げないので、野外を自由に移動し、散歩し回っている。男のくせに優しいから、ほかのネコに負けるんですね。エサも取られる。そのライモンドも、ハラはヘルと、食堂の扉へやってくる。みんなが、食堂へ集まる時間は、知っている。以前は、朝食のときに、「ニャ、ニャ」と泣いて、食事を願っていた。最近は、寒いのか、朝は来ない。昼か、夕食に姿を見せていた。それが、ここのところ、全くライモンドの声を聞かない。姿を見せないのです。これは、ただ事では、ない。この写真が最後となった。日付は、1月5日だよ。あれから、もう何日、経っているのか。どこを、さまよっているのか、心配になる。食堂での話題は、毎回、ライモンドのことです。「事故か、事件に巻き込まれたか、いやな予感を言えば、市役所の人に捕獲されたか」。オイ、ライモンドよ。姿を見せてくれよ。来たら、おかしら付きのサカナをあげるからさ。オマエには、けっこう、ファンが多いのだよ。まだ、老いて死ぬ歳ではないよね。心配している。ライモンド、帰って来いよ。