ポーランドから、1冊の雑誌が送られてきた。知らない人からだが、名前は「ヴァニタチ」さんです。手紙は、日本語で書いてある。「おたく・アニメ」の雑誌なんて、こりゃ、なんだ。おたく、って知らないよ。そういう時代で、なかった。伝播は早いね。ポーランドでも、オタクの気風が流行しているんだ。雑誌をあけると、いま・ふう、というのであろうか、目の大きな、足が細い、髪がイカス、男性、女性が描かれている。我々の年代は、ちょっと、ヘンな感じがする。「なぜ、ボクに?」と疑問に思ったら、自伝・マンガ「焼けたロザリオ」が、ポーランド語に訳されているが、今、向こうの若者に読まれているらしい。雑誌の記者、ヴァニタチさんが、「焼けたロザリオ」を紹介するポーランド語の文を載せているのだった。2ページにわたる。何、書いているのか、内容は分かりません。ヴァニタチさんは、今年の1月から日本語を勉強した、と書いているが、リッパな文になっている。感心するね。まあ、いずれにしても、若者たちに、おたく、といえども、コルベ神父や、戦争、原爆、平和のことが浸透すれば、ありがたいと思う。それで、いいんじゃないですか。ヴァニタチさんには、返事を書かなくては、でしょう。おたくの日本語雑誌は有るんでしょうか。マンガは、どんな本でしょうか。長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2013年10月7日月曜日
ポーランド語から、おたく・アニメの雑誌が送られてきた。
ポーランドから、1冊の雑誌が送られてきた。知らない人からだが、名前は「ヴァニタチ」さんです。手紙は、日本語で書いてある。「おたく・アニメ」の雑誌なんて、こりゃ、なんだ。おたく、って知らないよ。そういう時代で、なかった。伝播は早いね。ポーランドでも、オタクの気風が流行しているんだ。雑誌をあけると、いま・ふう、というのであろうか、目の大きな、足が細い、髪がイカス、男性、女性が描かれている。我々の年代は、ちょっと、ヘンな感じがする。「なぜ、ボクに?」と疑問に思ったら、自伝・マンガ「焼けたロザリオ」が、ポーランド語に訳されているが、今、向こうの若者に読まれているらしい。雑誌の記者、ヴァニタチさんが、「焼けたロザリオ」を紹介するポーランド語の文を載せているのだった。2ページにわたる。何、書いているのか、内容は分かりません。ヴァニタチさんは、今年の1月から日本語を勉強した、と書いているが、リッパな文になっている。感心するね。まあ、いずれにしても、若者たちに、おたく、といえども、コルベ神父や、戦争、原爆、平和のことが浸透すれば、ありがたいと思う。それで、いいんじゃないですか。ヴァニタチさんには、返事を書かなくては、でしょう。おたくの日本語雑誌は有るんでしょうか。マンガは、どんな本でしょうか。2013年10月6日日曜日
茂木といえば、ニ見(ふたみ)です。料理もオイシイでした。
2013年10月5日土曜日
3つの色紙の文面に人気がある。描いて、送ってください。
となり町の女性が訪ねて来た。時々、電話をかけて、時間通りに、訪ねて来る。日記を読んでいるから、消息をよく知っている。韓国へ行きましたね。東京へも行きましたね。「ハイ、ハイ」。この間、カードが載っていたが、文章がよかったのが、3つあった。色紙に、その文章を入れて、描いてくれませんか。「誰に、あげるの?」「いや、自分で持つのです」。その3つの言葉というのが、次の通りです。①今は辛いけど、道の向こうには、幸せがある。『ブドウの絵』。②苦しみは、のちに、愛の喜びに、変わる。『ボタンの絵』。③ほんとうの愛に出会えば、苦しみ痛みは、のり越えられる。『バラの絵』。こうして描いたのが、③の色紙です。ボタンも、バラも、むずかしい。この絵のバラも満足には描けていない。ヘタは、ヘタでも、修道士が描いたと思って、カンベンしてください。3枚を早速、送った。手紙を、添えた。「時々、姿をみせてください。十分な解決のパワーは持ちませんが、寄り添う気持ちはあります。まだまだ長い人生です。例えいま落ち込んでいても、その状態は長くはつづかない。そう思って前へ向かって歩んでください。幸せ、祈ります。色紙は、あなたを覚えている」
2013年10月4日金曜日
イタリア・アシジの聖人、聖フランシスコに、平和への祈り。
師父・聖フランシスコの祭日です。少年の頃、平和の使徒、聖フランシスコに憧れて、この道に入りました。思いは、いまも変わりません。師父・聖フランシスコの前では、気持ちは単純になります。昨夜から、トランジトゥスといって、聖フランシスコが「姉妹なる死よ」と言いつつ、亡くなる、天へ召される場面の追憶がありました。式のなかの共同祈願で、「聖なる父よ」と呼びかけ、この言葉を祈る願いがありました。聖フランシスコといえば、平和です。だから、師父に倣いながら、何物をも持たないで、きれい、サッパリの身なりで、愛と、従順のうちの、清い心を固めながら、歩んでいこう、あらためて、そう祈りました。道は、遠いかも、知れない。倒れるかも、知れない。それでも、指針はハッキリしている。少年の頃の純な気持ちを、貫いていきたいと、思いました。聖フランシスコへ向かうと、ホットします。アシジの丘を思い出すよ。★従順って、何だよ?決められた目上に、全く従うことです。これが難しい。相手は、ニンゲンだからね。でも、ニンゲンに従うのでは、ない。神さまに、従う。これが信仰です。修道生活です。従順で、いちばん、光っていたのは、コルベ神父でした。ポーランドの修道者から、度々、聞かされた模範です。聖フランシスコの特に強調していました。従えば、うまく、行く。
師父・聖フランシスコの祭日です。
2013年10月3日木曜日
ライモンド、時々、載せます。ゲンキ、しているか。幸せか。
2013年10月2日水曜日
60年ぶりに、騎士誌を返します。観想シスターの手紙より。
カルメル会のシスターから、次の手紙があった。「戦争の末期に、ある人が、東京は空襲で危ないと、古さとの長崎へ帰ると、カルメル修道院に別れを告げた人がいた。その後、消息が不明になった。原爆で亡くなったのか。カルメルのシスターは、その人のために祈り、また原爆で亡くなった人のために祈った。それから原爆の記事を集めるようになった。最近になって、持ち物を整理したい。騎士誌が出てきた。小崎サンの名前で、記事が出ている。いま毎月、騎士誌で小崎サンの記事を楽しみに読んでいる。そこで、この騎士誌を小崎サンへお返しします」。騎士誌は今よりも小さなサイズで、古びた感じがする。昭和28年の7月号であった。2つの記事を書いていた。ちょうど結核で苦しんでいた頃で、「孤独と不安」。内容は難しい言葉ばかりが並び、何を言っているのか、わからない。青クサかったのですね。もう1つは、原爆の記事。名前は「彦山八郎」になっている。シスターは原爆の記事で、この騎士誌を残し、小崎の名前から、返したのであろう。手紙はカルメルのシスターだから、幼いイエスの聖テレジアに就いても書いてあった。「教皇さまは、ブラジルのリオへ行かれたとき、ご自分でカバンを持たれた。初めてのことで、記者が問うと、中身は、ヒゲそり、聖務日祷書、スケジュール表、小さきテレジアの本です、と答えられ、聖テレジアが大好きです、と言われた。カルメル・シスターたちを喜ばせました」と書かれていた。★テレジアは修道院の中にだけ有って、病気に耐え、小さなことに忠実で、神への愛に燃え、若くしてイノチを捧げたが、すばらしい宣教者の保護者にもなった。★うちの修道士の阿野さんも、胸の苦しい病気に耐えながら、修道会のため捧げますと、強く生きた。近くにも模範がある。人は、苦しみに意味を見い出したとき、幸せを見つけるだろう。生きている限りは、苦しむものです。きょうも、あかるく、聖コルベ館に勤めている。2013年10月1日火曜日
10月1日は、幼いイエスの聖テレジアの日。長い1日だった。
9月は去った。9月分の日記を活字に起こして、読み返す。感想は、「病いにありながらも、けっこう、いろいろ楽しんでいる。それで、よし、としよう」。書くことに、生き甲斐を感じている。10月が始まった。ミサのとき、司祭が言った。「幼いイエスの聖テレジアの記念日です。テレジアの洗礼名を頂いた人は沢山いる。それらの方々のために祈りましょう」。朝食後、テレジアと関係はないが、トイレへ行ったら、便座に、真っ赤な血が、4,5滴ついていた。びっくり、だよ。「こりゃ、ヤバイ」。ベンからか、ニョウからか、迷った。落ち着いて考えると、尿から、らしい。午前中、呼吸器科の診察日になっている。早めに出かけて、泌尿器科へ立ち寄った。血のことを、訴える。「ステント交換が近いから、クスリだけ飲むように」言われた。前にも血が出たが、おそらくステントが内臓をこすって、血が出ているのだろう。こういう状態がつづくのか、思えばイノチが短くなる。次いで、呼吸器科へ回る。お医者さんは、聴診器を胸や、背中へ当てて、ていねいに診てくれた。背中の傷をみて、おどろきの声を発した。CT画像から、右肺に、石灰化した部分が、肺の一部を囲んでいるのが分かる。そこにウミが溜まっているらしい。あっちも、こっちも、痛んでいるが、イノチには別状はない。生かされている限り、カンシャして、生きよう。耳鼻科へ寄って、耳の治療をした後、スパゲッティを食べて、果物屋へ寄る。クリと、ザクロを買った。聖コルベ館へ戻ると、午後は自室で休む。夕食の食卓に、数枚の手紙が来ていた。その中に、カルメル会のシスターからの手紙があった。「10月は、ロザリオの月、10月1日は、幼いイエスの聖テレジア、10月15日は、アビラの聖テレジアのお祝いがあります」と書かれていた。そして古い聖母の騎士誌が出てきた。
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