2013年6月30日日曜日

2013年の半分は、これで終わった。時代の流れは早い

院内に、「無縁者の慰霊の碑」がある。毎日、ここを通って、聖コルベ館に出入りする。修道院を建てるときに、沢山の人骨が掘り出された。供養をして、この碑を建てた。毎週、水曜日に、すべての祈りが終わった後、ここに集まり、安息を祈っている。もう30年来、つづいている。その傍らに、アジサイが咲いた。ルルドにも咲いている。雨の多い季節となった。6月も終わりである。振り返ると、早いもので、平成25年は、もう半分は終わる。この半年の間に何があったか。何といっても、特記すべきは、韓国への旅でしょう。思い出を沢山、つくりました。出会いは、お恵みですね。幸い、この半年間は、大きな体調の崩れもなく、無事に過ごしました。皆さんに見守られて、おかげさまで、頑張るゲンキが出ます。「あと、後半も、気合を、抜かないーぞ」


2013年6月29日土曜日

ネコのライモンド、健在なり。時々、キズを負うが、ゲンキ

ライモンド、来たか。朝、お勤めが終わって、朝食になると、どこからか、「ニヤー、ニャオ」と、声をあげて、食堂の外の扉へあらわれる。中には、入れない。「おお、ライモンド、いいカオ、しているじゃないか。よかったなあ」。1週間ほど前は、ほかのネコから、カオの目の上あたりを、ひっ切られて、黒く、キズになっていた。ケンカするなよ。ライモンドは弱いから、負けて、食べ物を横取りにされるもんな。「それで、いいんだ」。ニャンの声は「ただ、今」の挨拶だよね。帰る場所があるのが、いちばんの幸せなんだ。皆さん、気にかけて、くれているよ。ライモンドと呼んで、かわいがっているからね。幸せモンだよ。ライモンドが、スリムになったのは、メスの友だちが、出来たため。グレーの毛の、小さめのメス。ライモンドが、ねだるのは、サカナだけ。ゼイタクだよ。市販のネコのエサなんか、食べないんだから。ライモンドは部屋の中には、入れてもらえない。広い、院内を、ゆうゆう、周っております。

2013年6月28日金曜日

50年ぶりのAクン、メールをくれた。ヒトは独りじゃ、ないよ

今朝の祈り。「今日の、1日の出来事ななかに、神の導きを知り、カンシャすることが、できますように」。単純な祈りを捧げた。すると、1通のメールが入った。Aさんからです。「フェース・ブックで見ました。むかし、トマさんに、お世話になった」。住所と電話が記してあった。ああ、このAさん、覚えている。電話をかける。あの頃の思い出が、よみがえってきた。50年前になるよ。チャンバラ、やったね。算数や理科も教えた。Aさんは覚えていた。「理科の教材を見つけて、山をよく周りました」。なつかしいね。「ゲンキ、している?」。山の学校を卒業しても、単身、苦労をされたらしい。いまは、介護ヘルパーさんの世話になっているとか。もう、そんな歳か。覚えていて、連絡してくれる心が、うれしい。むかしのことは過去のこと、というが、イヤ、やっぱり、つながりがある。「Aさん、孤独じゃ、ないよ。ジンセイ、いつまでも、つながりがある。今度、東京へ行くので、会いたいね。うれしいだろうね。お互いに、笑った」。当時のアルバムを開くと、Aさんの集合写真を見つけた。「ああ、このカオ、忘れないよ」。山にいるとき、洗礼を受けた。ヨゼフ、という。ジンセイ、苦しみにも、苦労にも、すべて意味は、ある。それは神さまの導きだと知るから、意味があるのです。当時の、トマ手づくり新聞を開いて、Aクンの名前がないかな、と調べてみたら、あった。昭和38年、春。中3に、いろいろな係りが発足した。学習や衛生、事件係など。ほかの係に、クツしらべ係がある。それが「Aクン」の役だった。クツを失う下級生が多かったからね。覚えているかい

2013年6月27日木曜日

朝、黙想のときに、メモした。老いても、迷いは、ある

修道士は、どのような生き方をしなければ、ならないか、時折、考えてみる。まず大事なのは、ブレないこと。私は、この道に召された、この道を、行く。この道に、幸せがある、と信じること。この道にあって、自分の勤め、能力を伸ばすには、どうすれば、よいか。与えられた勤めがある。修道士は、神学や、聖書の勉強はしていない、専門家でないから、人に教える権威はない。しかし人間の生き方として、何が大事か、人の幸せは、どこにあるのか。考える課題は、近くにある。人の生き方や、哲学を考えるのは、楽しい。歳も85歳になると、1日、1日を大切に過ごしたい。有意義な1日にしたいと、こだわりが、ある。若い頃は、ムダに1日を過ごしても、何も感じなかった。今は過ぎ行く1日が惜しい。★今朝は、近所の中学生が、30人ほど、平和学習に来るという。彼ら、中学生に、何を語るべきか。人の生き方に、最も大切なのは、〇〇だよ、と何を基本に教えるべきか。老人になっても、まだ確信が持てない。★最近は、周りの人で、親しい人たちが、次々に亡くなっていった。やがて自分にも、その日は来るだろう。幕ひく時は、素直に、受け入れたい。人生の間に、多くの教えを受け、また勉強もした。沢山のことが、あるかも知れないが、次の2つだけは、言える。①神から、出て、神に、帰る。②神さまは、愛です。どれほど、優しい御方であろうか。★昨日は、日中、突然に、耳が聞こえなくなり、心配したが、夜には正常に戻った。原因はわからない。どうしようと悩んだ。老人になっても、さまざまに、あるんだな。

2013年6月26日水曜日

小さな事でも、1つの楽しみは、その日を明るく、できる

ジンセイって、なんだ。営々とした、小さな、いとなみ。これが人生。迷いも、ある。悲しみも、ある。その中でも、助け合って、ヒカリを見つけたら、それが幸せ。ジンセイじゃ、ないでしょうか。出逢いが、大きな恵みに、なります。★日々、平凡に、暮らしていて、楽しいこと、ありますか。毎月、騎士誌の原稿を書き上げた日、文章が刷り上って、校正するとき、その時が、イチバン、胸が、ワクワクします。活字になるのが、うれしいです。そういう気持ちで、何年も毎月、重ねてきました。先月の、5月号は韓国旅行の記事を載せましたが、今月も、つづきの韓国旅行の記事にしました。いい思い出があるからです。もったいないので、使いました。6年前に、お世話になった、李文煕・大司教さまの写真を載せた。大司教さまは、トマ修道士を、こう呼んだ。「小さなお年寄りの修道士。何度も、この修道士を見た。なぜなら、何度も聖コルベ館を訪ねたから。ちょっと無愛想な表情の奉公人の感じ。でも少しずつ心が通じ、1度招待したいと思っていた。お会いできて、うれしい」。この言葉が、うれしい。親愛の情すら、感じます。歳は、ほぼ、同じですよ。今年の5月、あれから、又、2度目、訪問をしました。★修道士にも、夏休みがある。東京へ行きたいです。7月の終わりの週に、出かけたい。東京で、会いましょう。
 

2013年6月25日火曜日

親切への有り難さ。見守る愛に、励ます愛、神の愛がわかる

歳のセイか、ナミダが、もろくなる。いつも、日記を読んで、励ましのメールを送ってくれる人がいる。「トマさん、退院して、おめでとう」「お疲れさま」「お帰りなさい」「家に居ても、トマさんと、いっしょ。カンシャ」「毎日の日記、楽しみにしています」「励まされています」「沢山の人が喜んでくれているでしょう」などなど。まめに、コツコツと送ってくれます。ろくに返事のメールも出さず、ごめんなさい。うれしいですよ。★「このサイトに参加する」、メンバーも、100人になりました。メンバーの皆さん、見守ってくれて、ありがとう。★日記を書き始めたのは、2009年4月24日でした。いろいろ苦労がありました。歳を取ったら、縁側で、陽に当たりながら、お茶でも、ススる。とんでも、ない。痛みの連続だった。それでも優しく見守ってくれる人たちが居た。時々、思うことが、あります。「ニンゲンって、こんなに優しいんだから、神さまって、どれほど、やさしんだろう、って」。人の親切さから、神さまの愛が、少しでも、分かる気がするんです。宣教師からは、厳しく教えられた。若かったから、それは、それで、いいんです。この歳になって、その思いから、やっと、解き放たれる。「大きく、息を、しよう」


2013年6月24日月曜日

93歳、シスター来る。「カッ」入れの、生活・先輩者の弁

原稿書きに専念していると、いつからか資料室に、1人のシスターが来ていた。帰る頃になって、気が付く。「あれ、ごめんね」と、押しとどめ、イスに座らせ、話を聞いた。93歳だよ。ゲンキじゃね。シスターの話を聞くと、タマシイに「カッ」を入れられたよ。生活の先輩だからね。説得力がある。浦上のニンゲンだしね。戦争が始まる前だよ。昭和16年8月5日、雪の聖母の日に、長崎で、初誓願を立てた。19歳だった。「なぜ、シスターになったか、って」。母は、厳格だったけど、慈愛。無私の愛。母が、もらした言葉。「世の中で、イチバン、よかところは、修道院よ」。その言葉が、どこかに残った。あれから74年が経過している。シスターがチカラ強くいう。「1度も、後悔したことが、なかったよ。ワタシのような者を召してくださった。神さまの、みせつり。愛、ですね。何事も、愛。病弱であったのも、母の思い出も、やっぱり、はからい。神さまが、愛して、おられるから、その道、その道で、そのときは、ツラかったが、いま、このゲンキをもらっている。みはからいの御心を、日々、カンシャしています。信頼しきって、川に落ちないよう、ミゾに落ちないよう」。シスターの言葉は、ますます熱が加わった。押されぎみ、だよ。です。もう閉館、ロザリオの時間になったので、別れた。シスター、がんばれ。ワタシも、がんばる。気持ちの、すっきりした、夕どき、だった。シスター、カオは、見えん、けんね。