長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2013年4月7日日曜日
日曜日の朝です。おかげで立ち直りました。見守りに、カンシャ
2013年4月6日土曜日
思わぬ事態。カラダ弱い、情けない。食事の話は、はずむ
まだ、ホンモノでない。声が、正常に、出ない。ガマンして、食堂へは行っている。食欲はないが、ご飯を食べないと、ゲンキも出ない。皆さん、心配してくれる。まあ、歳もとっているので、厳しくは言わない。食卓に、春休みで、人も多い。9人も居ると、話題もはずむ。鳥の話になった。「とりもち」の木。この木の北限は、聖母の騎士の近くになるらしい。(カーナビに出ている、とか)。鳥と言えば、メジロ。ウグイス。それに、カラスだね。ルルドには、いろんな鳥が鳴いている。それは賑やかです。「空のトリ」の歌を歌うには、最適の雰囲気だ。すると、カラスがじゃまをする。「カラスが笑うのを聞いたよ」「へーえ」。みな感心する・。「カア、カア、カ・・アハハハ」。爆笑、食卓は盛り上がる。「オレのハラだけ、ゴロ、ゴロ、だ」。声が変わって、正常な音がでない。自由に、話もできぬ。「くやーしい」。これらの修道者に愛されて、死にたい、そう思って、その夜は,寝た。
2013年4月5日金曜日
寝ています。なぜ、こんなに、なるのでしょうか
2013年4月4日木曜日
老人の体調は、なぜ、こんなにも変化するのか
「どうして、こんなになるか、わからない」と、老人はつぶやいて、ポンをヒザをたたいた。「体調が、ストンと、底まで落ちる。「ヘンじゃ、なあ」と、、また、うつむいて、つぶやいた。もう、ダメだ。腹が痛い。2度、嘔吐した。下からの噴出、20回あまりも。「ああ、なんと言うことか」
2013年4月3日水曜日
島原の3日目。長崎へ帰る。シスターのご苦労はなし
2013年4月2日火曜日
山の修道女院の墓地。死者との、つながりで生きている
2013年4月1日月曜日
春の島原半島へ。サクラ散り、菜の花が満開。遠くに有明海
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