2013年4月7日日曜日

日曜日の朝です。おかげで立ち直りました。見守りに、カンシャ

心配させて、すみません。何とか、また生き返りました。急に、腹部が痛くなって、おなか、ゴロゴロ。激しく鳴り出し、下から水分が噴射すること、20回あまり。尿管が大腸に進入したのかと、さえ思い悩みました。2回、大量に、嘔吐する。はいたんです。こうなると食欲が全くなくなり、テンプラを思い出しても、チャンポンを連想しても、全く食べる気がしない。尿量が少なくなり、腎臓は大丈夫か、腎機能は保っているのか、わかりません。クリニックへ診療に行く。クスリをもらい、点滴を打ってもらう。やっと昨夜から、共同の夕べの祈り、ロザリオ、聖務日課に参加し、感謝の祈りを捧げました。しかし、声が、まともに出てこない。まあ、そのうち、出るようになるでしょう。老人の体調の変化は、油断が出来ません。原因が全くわからない。食中りでも、ない。それにしても、おなかのゴロゴロ、引っ切りなし、「カミナリが落ちるが如し」とは、よく言ったものです。「シェーッ」とか、「グルグル」とか、さまざまな音が出ていた。やっと、それも治まった。「さあ、希望を持って、また始めよう」「日記を見てくださる皆さん、ご心配をかけました。引き続き、見守ってください」


2013年4月6日土曜日

思わぬ事態。カラダ弱い、情けない。食事の話は、はずむ

まだ、ホンモノでない。声が、正常に、出ない。ガマンして、食堂へは行っている。食欲はないが、ご飯を食べないと、ゲンキも出ない。皆さん、心配してくれる。まあ、歳もとっているので、厳しくは言わない。食卓に、春休みで、人も多い。9人も居ると、話題もはずむ。鳥の話になった。「とりもち」の木。この木の北限は、聖母の騎士の近くになるらしい。(カーナビに出ている、とか)。鳥と言えば、メジロ。ウグイス。それに、カラスだね。ルルドには、いろんな鳥が鳴いている。それは賑やかです。「空のトリ」の歌を歌うには、最適の雰囲気だ。すると、カラスがじゃまをする。「カラスが笑うのを聞いたよ」「へーえ」。みな感心する・。「カア、カア、カ・・アハハハ」。爆笑、食卓は盛り上がる。「オレのハラだけ、ゴロ、ゴロ、だ」。声が変わって、正常な音がでない。自由に、話もできぬ。「くやーしい」。これらの修道者に愛されて、死にたい、そう思って、その夜は,寝た。

2013年4月5日金曜日

寝ています。なぜ、こんなに、なるのでしょうか

自室から見る長崎市内です。体調は未だに良くならない。困ったものです。つづいて休んでいます。食欲がまったくありません。食べないと、ゲンキがでない。病気に負けるな、と自らを戒めても、ニンゲンは弱いです。じーっと、耐えるしかない。医者に、行くか。行くまいか、迷う。心配すれば、キリがない。尿量が少ない。腎臓の機能は、大丈夫か。ステントが入っている。正常を保っているか。あまりにも、下からの水分の放射が激しいので、尿が大腸から出ているのでないか、とさえ誤解してしまう。むかし流に言えば、大腸カタルか。おなかを冷やさないことだ。ビオフェルミンを飲んだ。様子を見るしかない。

2013年4月4日木曜日

老人の体調は、なぜ、こんなにも変化するのか

「どうして、こんなになるか、わからない」と、老人はつぶやいて、ポンをヒザをたたいた。「体調が、ストンと、底まで落ちる。「ヘンじゃ、なあ」と、、また、うつむいて、つぶやいた。もう、ダメだ。腹が痛い。2度、嘔吐した。下からの噴出、20回あまりも。「ああ、なんと言うことか」

2013年4月3日水曜日

島原の3日目。長崎へ帰る。シスターのご苦労はなし

「周って、帰る」とだけ書いていたら、コメントに、「新しい発見がありました?できれば公表してください」と記されていた。「新しい発見、ね。ありましたよ」。それが、この2人の出会いの写真です。2人は高校1年5組の同級生なんです。男性は、元・学校で一緒に居た教頭先生。いまは退職して、オバマ温泉の近くに住み、周辺をドライブして欲しい時に、いつも頼んでいる先生です。先生が言った。「同級生が、シスターになっている。短大出て、大学教育学部を出て、障害者の施設で働いている」というんです。「そうね、会った事はあるかも知れないが、あらためて会ってみたね」。それで山の修道女院へ連れて行ってもらった。2人は同級生だったが、もちろん、行く道は違っている。女性の方は短大を出たとき、普通児童と、障碍者の児童と、教育に差があるのを知った。それで、教育学部に学んで、洗礼を受けて、とうとうシスターになってしまった。教頭先生は、若い頃、シスターが知的障害者の学校で、バケツに雑巾を持って立っている。お漏らしをしたら、黙って、キレイに拭ってあげている。それを見て、感動し、どうして、そこまで、やれるのか、損得ぬきの愛情だ、と感じたと語っていた。シスターの働きには、人知れぬご苦労が多いのだろう。シスターに会って、心が温まる日だった。

2013年4月2日火曜日

山の修道女院の墓地。死者との、つながりで生きている

この日、山の修道女院の墓地に、お墓参りに出かけました。幻想的な写真でしょう。雨が降っていてね。煙った向こうから、僅かな光が差し込んでくるのです。「死んだら、あの人に会える」。誰もが、そう思うでしょう。思える人は、幸せです。お花も数本、追加しました。亡くなった人が、見守ってくれる。それも小さな信仰でしょう。人は皆、つながって生きている。ニンゲンとは、もともと、そういう存在だと思います。祈れば、心が安らぐのです。お勤めを果たした気持ちになるのです。死んで行った人たちも、皆、大切な人たちだった。自分が生きつづける限り、彼らも生きつづける。

2013年4月1日月曜日

春の島原半島へ。サクラ散り、菜の花が満開。遠くに有明海

新年度が始まった。天気晴朗。春の島原半島へ出かけます。定宿・富士屋さんに泊まる。オバマ温泉です。入室は、午後の2時ですから、それまで春の野原を走ります。体調が良好な時には、気持ちも晴れ晴れする。白浜さんの運転で、軽は、山野を走った。「新聞に載っていた、菜の花畑へ行ってみよう」。そりゃ、爽やかでした。遠くに「有明海」が見える。諫早干拓も見える。広大な工事ですよ。一目りょうぜんです。江戸時代から、明治、大正と掛けて、干拓して行ったんですね。干拓外からは、反対の声もある。それらも、しばらく忘れて、海からの風を受けると、そりゃ、気持ちが、いいものです。