2013年2月28日木曜日

「コーちゃん」と母は呼んだ。幸一は、いい名前。でも使わない

父と母の、いっしょの写真、1枚だけ残る。原爆で、すべてが燃えた。この写真は、どこに保存されていたのか。もう覚えていない。今朝は、この写真を、暖かい眼差しで眺めた。明日は、誕生日です。両親が居て、子どもが居るわけだから、父母に、感謝の気持ちが湧いてくる。「よくぞ、幸一、という名前を付けてくれました」。幸一という名前は、気に入っている。父は、46歳で、北朝鮮で亡くなった。1度、墓参りに行きたいと思うが、核実験の現実を見ると、危険を感じて、とても行く気持ちになれない。「ごめんね」と言うしかない。母は、45歳で、原爆で行方不明となる。骨も拾えなかった。こっちも、「ごめんよ」。母は、父とは、11歳も年の差があった。若い母は、「コーちゃん、コーちゃん」と呼んでくれた。いま、両親に会ったら、修道士の服を見て、びっくりするだろう。「コーちゃんは、小崎修道士になったよ」「よくぞ、その道を選んだのね」。これまで沢山、祈ってきたから、この身に満足してくれるだろう。★今年になって、1月、2月と、早や、2ヶ月は過ぎた。これから先、どれほど生かされるか。動ける間は、がんばろう。昨夜のテレビのドラマに、こんなセリフがあった。「あんまり、下ばかり、向くな。上を向いて、深呼吸の1つでもすれば、まあ、なんとか、なるさと思え。人生とは、どの道、しんどいモンだ。それでも投げずに、生きていりゃ、お天とサンは、チャンと見てくれるよ」。こんなセリフが好きだな。両親の、言葉かも、知れん。

2013年2月27日水曜日

今日の出会いに、神さまの導きが、ある。喜びを持って生きる

「いらっしゃい」。京都から、ご夫妻と、女性。左は、長崎の案内人。見学の客が見えると、えがおで、迎える。皆さんは、ひじょうに、喜びますよ。「喜んでくれる」。その喜びが、当方にも、跳ね返って、戻ってくる。この「喜び」が、心に湧いてくる。これこそ、生きる証しです。人に尽くすことから、湧き出てくる「喜び」です。「あれを、した」「これを、した」と、行為を並べるのでなく、そこから生じた「喜び」にこそ、生きる意味もあり、価値もある。京都のご夫妻は、何年もかかって、日本26聖人が歩いた道を歩いて、きのうの夕方、西坂の殉教の丘に達したことで、貫徹した、と嬉しそうでした。「ああ、それは良かったね」と、共に、喜んだ。「記念に、色紙を買いなさい」。お父さん、最初に、パッと見た色紙、カニの絵で、「あなたの人生で、すごく、ふしぎなことは、なかったか?あったよな、沢山」を、即座に、手に取った。結局、4枚、買い求めた。「ああ、よかった」。当方も、喜んだ。★朝、5時に起きて、早朝に、聖務の詩篇を祈る。唱えながら、なぜか脳裏に、ポーランドの修道者たちの、祈る姿を思い出した。彼らは、祈った。わたしも、祈る。ポーランドの修道者から、愛された。ミロハナ神父さん、カシアノ修道士さん、ロムアルド舎監の修道士さん、印刷のゲラルド修道士さん。ありがとうね。反対に、追い出そうとしたポーランドの司祭もいた。★今朝の祈り。「神は、遠い存在では、ありません。今日の出来事のなかに、愛である神の導きと、お守りの、真実があります。それを信じて、今日の出会いを待ちましょう」


2013年2月26日火曜日

早やーイ、日記を見て、隣の町から女性がお祝いに。嬉しい

早い電話で、びっくりした。きのう、「本当の誕生日は、2月25日です」と書いたら、すぐに電話が入った。「日記、見ました。来ても、いいですか?」「どうぞ。午後の3時過ぎなら」。応接間を暖めて、待っていると、3時過ぎに、タクシーが玄関に停まった。隣の町から来た若い女性。もう長年の顔見知り。女性が言った。「おめでとう。心温まる、充実した1年に、なりますように」。差し出されたのが、写真の、3点セットです。「ありがたいですね」。1時間半、向かい合って、おしゃべりしました。ほとんど、手前が語りました。ごめんなさい。せっかく来てもらったのに、「まあ、当方のお祝いだから、いいでしょうね」。何を話したかって?いつも、同じセリフ。「85歳にもなれば、つくづく、生かされているのを、感じます。カラダの具合も、微妙なところで、生きている。せっかくだから、ゲンキを出そう。おまけに、ニッコリ、ほほ笑んで、皆さん、いらっしゃい」。これだけで、今は、十分でしょう。気持ちは、単純なんですね。女性は、帰りしなに、色紙を注文しました。先ほどの日記に載っていた(2月3日の日記)、この色紙を頼みます。「苦しみにも、意味がある。汝(なんじ)、今は知らざれども、後には、之(これ)を知るべし」。女性も、若いのに、さまざまな苦労を耐えているようです。知っています。苦しいでしょう、でもね、信頼して、希望をもって、耐えて行けば、必ず後では、開けるし、安らかに、なる。そう信じて、がんばろうね、と思いつつ、背中を押して、タクシーを見送った次第です。

2013年2月25日月曜日

誕生日が終わると、ステントを入れ替え。イノチをつなぐ

原爆で、行方不明になった母親は、「ほんとうは、ね」と言った。「あなたの誕生日は、2月の25日なのよ」「生まれた場所が、北朝鮮でしょう。日本から、遠い遠いところです」「外海の役場に届けるのも、遅くなったのね」。そりゃ、そうでしょう。昭和3年のことです。北朝鮮からは、手紙も届くのが遅かったし、電報、電話も、不便だった。洗礼をうけた日と、役場に届けた誕生日が違うのは、当時は誰にも有ることだった。「洗礼名は、大天使ガブリエルです。乙女マリアに神のお告げを果した天使です」。よく、この名前を付けた、珍しいと思いますよ。誕生のときの写真は、原爆にも燃えず、残った。「こんな時代も、あったんだね」。★遠い昔に生まれてから、今まで、よく生きてきたと思いますよ。先日、泌尿器科へ定期の診察へ行ったとき、お医者さんは告げた。「次の診察のとき、ステントの入れ替えをしましょう」「今は調子がイイのですが、やはりクダを入れないと、いけませんか」「入れていた方が、安心です。3月8日の午前中に、入院してください。午後から、手術しましょう。1泊、病院で過ごせば、大丈夫でしょう」★3月1日、誕生日。4,5,6日は、オバマへ。8日に入院します。★昨年の今ころは、尿が全く出ないで、四苦八苦。入院を繰り返していた。まだまだ生かされて、今日も、祈る。


2013年2月24日日曜日

40年前、陽あたりのイイ場所・トマ写。メダイの娘さん

長崎の、陽あたりのイイ場所。それは、今から、40年ほど前に、外海で撮った、このスナップです。忘れ得ない1枚です。まだ時代は純朴だった。村の娘さんたちは、大人もそうですが、胸に、マリアや、イエスのメダイを大切に掛けていました。信仰の「あかし」ですよ。「カトリック信者です」。信者の家に生まれ、これ以外の教えしか知らない。このシャシンを撮ったのは、ドロさまの小聖堂、大野の教会でした。後ろの赤い壁は、ドロさまの壁(べい)です。ドロさまは、外海では有名ですよ。村人たちは、ドロ神父から、人を愛すること、生きる意味、神さまのため働くことを教えられた。貧しかったけれど、一本道で、幸せでした。ヒトには、それぞれ、生きる役目が、ある。この娘さん、どこを見詰めていたのか、いま思います。未来でしょうね。歳は若いが、家庭で、何らかの役割があって、せっせと果たしていたに違いない。やがて、役割は、成長して、あるいは村を出て、結婚して、家庭を持って、などなど想像すれば、その役割は、無限に広がったわけです。形だけの役割に捕らわれることなく、信じた教えも、純朴な心も、正直に、生きたいと思います。

2013年2月23日土曜日

色紙を送ります。着くのをお楽しみに。生きる導きは不思議

3ヶ月ほど前に、聖コルベ館へ来た北海道の裕子さん。色紙を、2枚、送ってください、と願いがあった。普通は、現物を見てからしか、お渡ししないのだが、1度、見ておられるし、この間も買って帰られたので、お願いに応じた。立派な、絵でもないし、すばらしい字でも、ない。ヘタは、ヘタだが、これも聖コルベ館の修道士が描いたことに、少々の値打ちは、あると思っている。裕子さんからの願いは、絵の指定、字の指定が、あった。「言葉は、①神の計らいは限りなく、生涯、私はその中に生きる。②神は、どんな苦しみの時にも、私たちを慰めてくださる。私たちは、その慰めによって、苦しみの中にいる人を、慰めることができる」「絵は、春向けに、紅梅。秋に、ブドウを、お願いします」「長崎では、梅は早春でしょうが、北海道では、5月に、桜と同時に、咲きます」と、あった。裕子さん、色紙は、できました。宅急便で送ります。神の計らいは、は詩篇、139の中の言葉です。典礼聖歌にもあり、よく歌われています。本当に、神の計らいで、私たちは導かれているのを、悟ります。自分で、生きているのでは、ない。生かされている、ということです。もう1つの言葉は、少々、長いですが、意味は深長です。コリント、Ⅱ、1・3から5、に記載されている。慈しみ深い父、すべての慰めの源である神を、ほめたたえようーと、その後に、この言葉がつづいている。どんな苦しみの時にも、慰めてくださいますよ。そして、その慰めによって、私たちは、苦しみにある人たちを、慰めることができるのです。こんなに深い思想があるでしょうか。1つの言葉は、1枚の色紙は、貧しいかも知れないが、心が、タマシイが、こもっている修道士の色紙です。裕子さん、間もなく、色紙は届きます。お楽しみに。


2013年2月22日金曜日

温かい陽ざし、顔はホホエみ、心はなごむ。さあ、出かけるか

「おおーぃ。出かけるぞ」。日当たりの、いい午後、クルマを待つ間の出来事です。聖ヨゼフのご像の前です。「こっちへ、来いよ。シャシンに写ろうぜ。春のような日差しで、気持ちが、いいよ」。ニコニコ顔の3人が、集まった。紹介します。左から、奄美出身の神父さん、82歳。次いで、ボク、85歳。その右が、会計長の修道士、長崎出身、79歳。いずれも後期高齢者だが、フランシスコ会の修道者だからね、みんな、ゲンキで、朗らかで、温かい心の持ち主ばかりだよ。「これから、クルマで1時間ほど走った田舎で、この近くで、働く同じ会の修道者たちの集まりがある。出かけまーす」。結局、この日、夕方から、夜にかけて、17人が集まって、お祈りをして、話し合い、会食を楽しんだ。みんな、がんばっているよ。すべては、信じる道を行くためよ。前にも、書いたが、「神の計らいは、限りなく、生涯、わたしは、その中に生きる」。常に、心の中で呼吸しているセリフだよ。会計の修道士は、17歳で入会したという。ボクも、17歳だった。「生涯、その中に、生きる」的中だよ。滝神父さんは、高校時代に、永井隆先生の著書を読んで、この道を目指したという。実は、それぞれ、3人とも、歳はとっても、弱い存在なんですね。常に、神さま、助けて、ください。導いて、ください、の気持ちですよ。かけ引きなく、マトモに、この道を直視しなければ、進むのは、むずかしい。祈り、祈った者が、最後まで、走りぬく。