2012年12月31日月曜日

2012年の最後の日となった。無事に終わって感謝あるのみ

ついに、今年も終わりの日がきた。無事に終えたこと、何よりも有り難いと感謝する。人生は常に苦しみの連続だが、希望を持って明日を迎えたい。「今は辛くても、道の向こうには、幸せがある」。そう信じて生きようではないか。12月8日から色紙を描き始め、12月は去ろうとしている。色紙は、25枚売れた。東京で、日本語を勉強しているペトロ・イシトク神父さん(私と背丈が同じ外国人)に電話をかけて、「資金を、ルーマニアの家族に送りたい、紹介してください」と頼むと、メールでアドレスを送ってくれた。今朝、中央郵便局へ出かけたが、もう振替の窓口はお休みだった。来年になって、直ぐに送ろう。1年を降り返って、よくぞ、生き抜いてきたと思う。来年は元気の年になるだろう。登明日記も2009年4月から書き始めたが、5年目に入る。毎日、読んでくださった皆さん、コメントを戴いた皆さん、ありがとう。来年もよろしく見守ってください。大きなチカラ、ハゲマシになります。★2012年、最後の入館者は誰か?夕方、閉館まえに、1人のおばあちゃんが入ってきた。息子が庭に車を止めている。「おばあちゃん、どこから?」「鹿児島から、佐々木トクです」と言いつつ、「小崎サンですか」。名前を覚えている。「え?どうして」「10年まえに、黒砂糖を送ったでしょう」。そんな、10年前のこと、覚えないよと思ったが、「ああ、あの時は、ありがとう」と言うと、おばあさん、喜んだ。「また、持ってきた。食べなさい」。袋イッパイのおみやげ。「おばあちゃんが、今年最後の入館者です」と記念の写真を撮った。「おばちゃん、85歳になるよ」と言うと、「わたしは、94歳だよ」「ギョッ、負けたよ」

2012年12月30日日曜日

東日本の原発事故地から来た見学客たち。コルベ神父への願い

夕方、3人の女性たちが入ってきた。「福島の和江です」「ああ、あの、和江さん」。時々、便りをくれていた女性です。「福島のどの辺でしたかね?」「原町です。原発から20kmから30kmの範囲になる」。原町といわれても、九州のニンゲンには、東日本の土地事情は皆目、わからない。地図を広げて確認すると、原発事故の近くではないか。びっくりしました。もともと津波は来ない所だそうです。しかし4mの津波が来た。建物は破壊され、大変だったと語りました。皆さんから助けられた。特に、東京教区の教会の方々に助けられて、励まされ、慰められた。あれから、もう2年になる。遠く、九州に居れば、細かい事情が全く体感できず、ほんとうに、ごめんなさい。3人のなかの、1人は女子中学生で、お願い事があるそうです。コルベ神父さまの椅子に座って、お願い事をしなさい。「コルベ神父さま、チカラをください。1つのお願いがあります。願いを叶えてください」と単純に願いなさい、と勧めました。若い人には希望がある。夢の実現に向かって、頑張ってください。日本人はこれまで幾多の困難に遭遇してきた。敗戦もあった。原爆もあった。戦後の混乱もあった。でも乗り越えるチカラもあるのです。必ず復興します。年月はかかるかも知れない。しかしパワーはもっているのです。女子中学生の未来に希望を祈る気持ちになりました。「コルベ神父の居室にあるサイン帳に、サインして行きなさいね」。中学生は、丁寧に、けんめいにペンを動かしていた。実現するよ。

2012年12月29日土曜日

聖コルベ館は年中無休です。いらっしゃい。待っています

あと3日で、今年も終わりです。時の経つのは早いものですね。アタマの中では、29、30、31と、3日。次いで、新年になって、1、2、3と、3日。これだけ正月休みがつづきます。まず平穏無事に過ごすことですね。聖コルベ館は年中無休ですから、いつでも、いらっしゃい。待っています。なぜ休みがないか?って。同じ場所で生活しているからです。午前中と、午後3時からは、聖コルベ館に居ます。「小崎サンですか?逢いたかったです」と言われると、やはり嬉しいですね。聖コルベの部屋はいつも開いています。降誕節ですから、頭上に、星も輝いています。素朴な部屋ですよ。ここでコルベ神父は病気と戦いながら、祈り、手紙を書き、いろいろな問題を処理し、苦悩しました。聖人も多く苦しんだ。マリアさまですら苦しみの生活でしたからね。苦しまなければ人は清くは成れない。今年の最後に来る見学者は誰でしょうか。新年、正月に、一番乗りをする見学者は誰でしょうか。興味があることです。1年まえは、最後に来たのは、岡山のウドン屋の青年でした。一番乗りは、東京のエリザベットさんでした。こうして人生は色々な思い出をつくるんですね。幸せを祈ります。

2012年12月28日金曜日

今年の5大ニュースは?苦悩の年だった。でも負けない

今年の10大ニュースは?考えてみたが、10もなかった。まあ、せいぜい、5だな。①今年はタツ年で、自分の年だから、正月は、それは、張り切っていたよ。よし、今年は頑張るぞ。ところが、人生は、まさか、まさかの、連続です。②6回の入院で、深いダメージを受けた。さすがに苦しかったよ。でも皆さんから励まされて、何とか快復した。まだ、まだ、クタバリません。しかし③運転は止めた。危ないからね。免許を取ったのは、昭和42年、1967年です。45年、運転してきた。自分から、ぶつかった事故は1度も無い。スピード違反は時々、一時停止違反は、1回のみ。ぶつけられたことは、2,3度あった。④外海・黒崎の従兄、福松さんを神の元へおくったことは、深い悲しみだった。88歳。彼は兵隊へ行って、一番危険なビルマ戦線へ派遣されて、九死に一生を得て帰還した。その他は殆ど黒崎を出ることなく、村のため、教会のため、無償の精神で尽くした。年に何度か、自宅へ行ってお世話になっていた。⑤自伝マンガ「焼けたロザリオ」がポーランド語版になって、出版された。ありがたいことです。後4日で、今年も終わる。お恵みのうちに、今年も終わる。「生かされて、今日も、5時に起きて、共同で、祈っています。

2012年12月27日木曜日

ボツ、ボツ、書いています。小さな記事。でも満足だね

毎月、オバマ温泉へ湯湯治へ行く際に、途中に、小さな赤い教会がある。この教会の歴史は割と古く、今の教会は、戦後まもなくで、天主堂建築で有名な鉄川与助さんが建てた。私は、この教会にまつわる、いい話を知っている。近くの農家に、結核で苦しむ娘さんがいた。もう、このまま死ぬのだろうか。彼女は寂しく思って、教会に手紙を出した。神父さんが訪ねてみると、娘さんは弱っている。可愛そうだ。幸い、近くに中国を追われたカナダ人のシスターが居た。神父さんはシスターに助けを求めた。この地には水道もない。濁った水しかない。シスターは大きな魔法瓶にお湯を入れて、そのお湯で娘さんの体を洗ってあげた。愛を感じて、娘さんは洗礼を受けた。彼女は読書が好きだった。近くの農家に、同じく結核を経験した青年が居て、娘さんのことを聞き、寝て読める読書台を作ってやった。それがご縁で交流が始まり、2人の結核は快癒し、結婚して、青年も洗礼を受けたという。この小さな教会にまつわる、こんな話を、むかし、聞いたことがある。そういう思いを抱きながら、その教会に寄ってみた。娘さんは今なお健在で、信仰をつづけているという。しかしダンナさんは亡くなった。私は彼女に会いたいと願ったが、「触れないで、ほしい」との願いだった。ザンネンに思いつつ、ある日、この小さな教会を訪ねてみた。女性の話は聞けなかったが、主任司祭のブリ神父さんに話が聞けた。その神父さんの話を、2月号に書いた次第です。案外、良く書けているな、と自分でも満足した文になっている。いい話に出会うと、また書く意欲が湧いてきます。気持ちも、すカーッとなる。大げさに言えば、生きるチカラが、みなぎってくるのです。

2012年12月26日水曜日

色紙が11枚売れる。正月にかけて、販売を期待する

主の降誕祭の夜に、近隣で働く修道会の司祭・修道士の夕べの祈りと、報告と、会食があった。15人が集まった。個人の報告で、「今年はタツ年、自分の年で、よし、頑張るぞ、と思っていたら、6回入院して、深くダメージを受けた。それでも、まだ生かされている。来年は、いい年になるでしょう。勤めは聖コルベ館の担当。座っているだけで、多くの見学者に出会える。これは大きなお恵みです。健康的には、要支援1になり、入浴の介助と、部屋の掃除を男性ヘルパーにお願いしています」と皆さんに語った。「生かされている間は、せいイッパイ、生きよう」。それで、いいではないか。12月8日からルーマニアの貧しい家族へ送金するため、色紙を描き始めて、玄関に置いているが、11枚売れました。後、10枚ほど売れたら、第1弾、送金できそうです。お正月にかけて、期待しています。絵もさることながら、モンクが大切ですね。心引かれる言葉、短く、適切な語句、難しい文言は不人気のようです。

2012年12月25日火曜日

主の誕生。クリスマス。真の意味は何なのか。謙遜と愛

クリスマス・イブの日。休みなのか、見学者が、三々五々、来る。1人の女性は、子どもの頃、近くのキリスト教会に通い、主の祈りを覚えた。その後、教会は遠ざかったが、主の祈りだけは、夜、寝るときに唱え続けた。結婚して、最近になって、カトリック教会に通い、洗礼を受けた。主の祈りは、少々語句が変わったが、今も唱え続けている。主の祈りが導いたやも知れぬ、と思った。大浦天主堂のミサに祈って帰るが、運転して約2時間、自宅は深夜2時頃になるだろう。それでも満足そうに微笑む女性だった。また東京から来た女子大生、遠藤周作の女の一生を読んで、好きになり、外海の文学館へ行ってきた。来年1月から、要理の勉強を始めて、洗礼を受けたい、と言う。人々は、「清さ」を求めているのか。ニンゲンの一生なんて、誰しも汚れ、傷つき、痛んでいる。悩みもある。だが生きている間に、徐々に精錬されて、清められて、希望が満ちてくる。クリスマスの真の意味は何か。神さまが、この世に来られた。赤ちゃんの姿をとって生まれた。この赤ちゃんは、一生、穢れなく、濁りなく、清純に生涯を送っていく。人間に、たった1人、このような人間も居ても、いいじゃないですか。それがニンゲンの救い、彼に頼ることが希望でもある。憧れでもある。生まれたからには、誰でも死ぬ。神の御子も十字架の死をとげた。しかし神さまだから死で終わりでない。主には復活がある。主には、チカラがある。クリスマスという主の降誕と、復活は、つながっている。聖母の騎士の教会に今年も大きな馬小屋が完成した。信徒たちは灯りを消した聖堂のなかで聖歌を歌い、手にコップの灯をともして、馬小屋へ近づき、灯りを並べて礼拝した。願うは、ガマン、けんそん。幼子は、優しく微笑みかけて、老人にも教えている。