2012年12月7日金曜日

従弟、ユスチノ田川幸雄修道士の命日。73歳で亡くなる

ユスチノ田川幸雄・修道士の命日です。2004年12月7日に東京の病院で亡くなった。73歳でした。アシジの聖フランシスコ大修道院に、1991年から、6年間滞在し、日本人の巡礼団や、観光客のため、大聖堂を案内していました。そこ頃、アシジを訪ねた人は会った思い出があるでしょう。説明が特に好評でした。壁画の説明を聞いて、涙を流す観光客もおりました。洗礼に導かれた人もいます。パパさまと握手している写真です。ユスチノ田川は小崎修道士の従弟でした。もう亡くなって、9年忌になる。早いですね。最初は小神学校に学び、大神学生だったが、腰のカリエスを痛めて、修道士になり、18年にわたって、養護施設の指導員として活躍していた。高度成長の時代で、彼が見守った子どもたちが卒業して、就職列車で大挙して、社会に出て、それぞれ働き、立派に生活し、身を立てた多くの人がいます。1人の働きは大きいですね。心の優しい修道士でした。73歳とは、まだ若いでした。小崎修道士は彼のお骨を東京から長崎へ抱えて、長崎の墓におさめました。「平和を実現する人は幸いなり、神の子と呼ばれる」

2012年12月6日木曜日

時間が、なーィ。年の終わりも近づくと、あわただしい

濃紺の服装の女子高校生が、6人やってきた。ちょうど色紙を描いているところだった。筆を置いて、説明を始める。団体で、長崎へ、東京から修学旅行で来ている。「自由行動なので、連れ添って来ました」。聖コルベの居室で、感動する。8分間のビデオを見せる。女子高校生の1人が、「『長崎の祈り書』はありませんか?」と聞く。「主任神父さまから言付かった」という。「中町の女子パウロ会にあります」と答えた。また、来客があった。「要支援1」になったので、ケヤマネージャーが介護師(男性)といっしょに事務の手続きに来た。こっちの方が主客となる。「入浴の際、週1で、介添えをしてくれることになった。今までは高原修道士さん(介護師)が行なってくれていたが、交代する。ハナシ中、窓に、女子高校生たちが、別れの手を振っているのが見えた。後で、聖コルベの居室のサイン帳を見ると、6人のうち、3人が霊名を記していた。「カトリックだったから、訪ねて来たんだね。健気(けなげ)ないよと思う。12月、年末も近づいたので、不整脈のクスリ・診察へ行く。2時間待って、やっと診察。時間がかかる。騎士誌、来年の2月号は、年内に印刷を終わるので、早めに原稿を書いてください、の注文あり。文章をまとめるのに、時間も要する。青森県・弘前(リンゴの名産地)から、3段構えのリンゴの大きな箱が届いた。お礼の電話をかける。ひさしぶりに、「トキさん」の声を聞いた。「ゲンキ、している?教会、行っている?」「ハーイ。いま雪が、チラチラよ」。ああ、いろいろ有って、ありがたい。時間が足りないよ。

2012年12月5日水曜日

色紙を描く。ヘタは、ヘタでも、心は、こもる。資金は外国へ

思いついて、色紙を描き始めました。どうでしょうか、出来栄えは?あまり上手とは言えませんね。まあ、それでも、いいでしょう。これから日々、少しづつ描いて、聖コルベ館に置いておこうかな。見学者が見て、気に入ったら、買ってくれるかな。1枚、幾らにする?分かりません。今のところは。この間、ルーマニアの小さい神父さんが来たでしょう。今度の騎士誌に載せました。読んでください。ペトロ神父さんが言った。ルーマニアに、双子の姉がいて、結婚していて、ダンナさん、子どもが2人いる。私はそれを聞いて、お姉さんに何かを贈りたい。物資は無事に到着するだろうか。郵便局からユーロを贈ってみよう。ペトロ神父さんと郵便局へ行って、200ユーロを贈った。昨日、東京のペトロ神父さんから電話があった。ルーマニアの家族は無事に送金を貰いました。ああ、よかった。そうだ、今朝、思いました。色紙を売ったお金で、ルーマニアの貧しい家族を助けるため送ろう。私もゲンキがでるよ。頑張ってみよう。★いま、日記を書いたばかりなのに、5分しか経っていないよ、電話があった。「カニの色紙、買いますからね。売却済みにね」。福岡の小百合さん、おお、びっくりだよ。マイッタ。

2012年12月4日火曜日

寂しさ感じる、紅葉も終わりか、来年もこの場に立てるか

秋も深まり、冬が来るのか。騎士誌の読者から、短文の感想が届いた。「今、12月号を手にとって拝読しています。小崎修道士の「この1日、信じて祈る」。レンゾ神父さまとの黙想は、私も共に与っているように感じました。「自分だけの、ものがある。それに気づくこと」「神は愛ですと、生活のなかで実感しているか」「愛は与えてこそ、実感される」「自分に適した祈りを見つける。それも祈り方です」などなど、と書いてあった。修道士は祈る人ですが、十分に祈れない悩みもあります。修道士が祈れないなんて、言うなよ。祈りよりも、愛の行動を、と言われると、悲しくなる。祈りは基本的に大切です。それと共に、愛の行動、奉仕、実践も必要です、と言ってほしい。フランスに1ヶ月、4箇所でホームステイをしてきた女性が聖コルベ館へ来て、語ってくれた。フランスの信仰は厳しいとの印象を受けた。神さま、信じない。お祈り、認めない。複雑な気持ちになる。「教会で祈る。愛の話しを聞く。聖書から良きサマリア人を読む。隣人愛は大切だ。そう思う。教会を出ると、ホームレスが待っていた。衣服をください。お金をください。果たして、この人を助けることが出来るか。先ずは係わり合いを持ちたくないと思うだろう。人間は所詮、自分が可愛い。自分のことしか考えない。しかしある時は、自分がソンをしても、相手に尽くそうという気持ちも有る。助けることにハマル場合もある。人間は2面性があるのを認めた上で、行動しよう」。そんな、同じようなことを考えました。

2012年12月3日月曜日

神戸の男性との出会い。1日巡礼なのに、すばらしい恵み

神戸から、男性1人で、見学者がくる。普通は、見学の時間は、20分前後、この時間に、コルベ神父の説明の後、いかに、この見学者と出会うか、その問題もある。この男性は、4つのポイントを残した。①神戸から高速バス利用・往復で、長崎だけ1日巡礼。②「信仰年ですから」と彼は言った。1日で、浦上天主堂の日曜ミサ、26聖人のミサ、十字架山、聖母の騎士、大浦天主堂を巡礼する。偉い。③「本当は、ここに来たかった」と聖コルベ館へ。子どもの頃、両親といっしょに洗礼を受ける。40歳になる。聖母の騎士が巡礼の「主」だったとは、嬉しいじゃないですか。④「なぜ、長崎へ?」の問いに、「10代の頃、バイクで来た。今度は、何気なしに、思い立った」「いま、あなたが思うことは、何ですか?」。しばらく考えていたが、「隣人愛です」「隣人愛といっても、具体的には?」と食い下がる。また、ちょっと考えて、「貧しい人でも、お金持ちでも、同じように接する心です」「ああ、そこからコルベ神父さまの愛に引かれたわけね」「赤い冠、白いカンムリ。あるじゃないですか。どっちが、ほしい?私なら、1つだけ。コルベ神父さまは、2つとも」。私は今朝、黙想のとき思った。「誰もが、抱いている心のテーマは、何か?それは隣人愛でしょう。家族愛でしょう。そこから必ず、コルベ神父さまの『友のためにイノチを捨てる、これ以上の愛はない』に、つながる。私は彼に告げた。「この世で、最も大切なのは、愛とイノチです。この2つに、コルベ神父は、かかわっている」。彼のような巡礼も、ある。感心したので、『十七歳の夏』を贈呈した。「帰りのバスで読みなさい」。土曜の夜、10時30分、神戸発、高速バス。長崎着、日曜日の朝、8時。1日、日曜日巡礼。帰りは、その夜の8時発。高速バス。月曜日の早朝には神戸に戻れる。仕事が出来る。バスのお値段、往復、18000円。「朝めし、抜き。昼めしも、マダ」と聖コルベ館で言うので、「帰りのバスに乗る前に、チャンポンを食べなさい」

2012年12月2日日曜日

韓国から「お出でなさい」と大司教さまご招待の手紙が届く

韓国・テグの李大司教さまから、招待のお手紙が届く。「ここに再び、ご招待の言葉を申し上げます。来年2013年の初めに、テ・グにお見えになれて、コルベ神父さまと永井隆博士の出会いについて、お話ししてくだされば、うれしいと思います。私たち韓国・如己の会は、毎年1月に新年会を開きますが、来年には1月4日から、2月3日(永井博士の忌日)の間に、催す予定です。いつであっても、ブラザーさまがお出でになる日に、私たちは集まるように致します。遠道なので、お1人でいらっしゃるより、お連れのほうがいらっしゃれば助かると思います」。このように、懇切丁寧なお手紙が届きました。恐縮しております。1月、2月といえば、韓国は厳寒なのではないでしょうか。寒さに弱いし、ヒザの痛みもあります。でも、こんなにも度々お願いしておられるのですから、行きたいのは山々です。李大司教さまは、職務から離れて、今は引退されておられますが、永井隆博士を尊敬されており、長崎へ多くの巡礼者を送っておられます。本も出している。熱心な大司教さまです。「行きたいです。お世話になりたいです。がんばって、みよう」   

2012年12月1日土曜日

12月が始まる。寒さに負けるな。カゼひくな。後ろ向くな

今年も、最後の月になった。「早ャーい、もんですね」。今年はタツ年で、オレの年だ、がんばるぞ、と意気込んでいたら、7回の入院で、苦労したよ。9月の入院のとき、同じ部屋になっていた60代ぐらいの男性が、治療を受けていると言っていた。今度も、また別の部屋に居て、「すっかり、痩せていた」と聞いて、これがジンセイか、と心寂しく思ったよ。厳しいときも来る。オレは、「生かしてもらって、ありがとう。その上、信仰できて、ありがとう。幸せです、そう言いたいです」。そう言う気持ちで、今年の最後の月を迎えたい。「皆さん、いつも見守ってくれて、ありがとう。トマは、小崎は、まだ祈っています。モンクも言っていますが、改心もしながら歩んでいます。時折、夢も、見ている。山の上に、建物があって、沢山の同じ会の者たちが、外国人ばかりが、わんさ、わんさと居た。そのなかに、見つけた。身近な日本人の2人を。1人は司祭、もう1人は修道士。シタを見ると崖があって、中ほどに、大きな岩があった。私が落ちそうになって、途中まで、滑ったが、岩で止まって、また、這い上がって、元に戻った。「まだ、まだ、がんばれるぞ」