2012年11月30日金曜日

無事に帰る。神さま、ありがとう。退院は気持ちがいいです

さあ、もう退院だ。退院は、いいよな。看護師さんの詰所の前を通る。「お世話になりました。ありがとうございます」。喜びと、感謝の礼を尽くしながら、前を通る。看護師さんたちが並んで、見送ってくれる。「また、お世話になります」。ついでに、言いました。よく来るからね。退院まえの、ひととき。ゆっくりした気分です。お医者さんも様子を見に来た。1泊なのに、ケッコウ、荷物が多いんですね。2人部屋は、代金が必要で、1日、2100円です。2日分の代金を払った。手術費用、クスリ代は原爆・被爆者なので無料です。助かります。退院するのは、うれしいですね。昼ごはんを食べて、準備して、2時に退院した。赤尾院長・神父さんがワゴン車で出迎えてくださる。お手数をかけます。やっと、聖コルベ館へ戻った。1泊2日なのに、なぜか、ながーい、感じがする。さあ、これから、また平常心で、励もう。もう12月で、今年もすぐに終わりだよ。

2012年11月29日木曜日

病院へ。今夜は入院。3ヶ月毎のステント管の入れ替え

病院から、予約されていた入院でした。腎臓から、ボウコウへ、管(クダ・ステント)が入っている。「3ヶ月ごとに取り替えましょう。術後、熱が出るかも知れないので、入院しましょう」とお医者さん。入院の度に思います。「恵みのなかで生きている。生きる不思議自分でも会得します。人は、なぜ来ない?恨まない。恵みがあるから、ガマンする。やっぱり、神さまに、この苦しみを捧げます。ほかに、捧げるものが無いでしょう。祈りか、善行か、犠牲か、この苦しみを捧げます。10時に病室へ。2人部屋だったが、空いていた。1人の住まいとなる。「運が良かった」と思うか、「お恵みだなあ」と思うか。運が良い、幸運だった、は偶然につながる。恵みだったと思うなら、神につながる。昼食なし。12時30分から点滴が始まる。1時30分、手術室へ。ボウコウから、器械とカメラを入れる。「痛ーたッ」。ここでもガマン。処置術の時間は、僅か。でも、イヤだね。2時30分過ぎには、車椅子で病室へ戻ってきた。小さい点滴を2本追加。夕食は食べていい。食欲がない。番外編の、にぎり寿司を食べる。熱は、7度どまり。ダイジョウブ。あしたは退院できそう。

2012年11月28日水曜日

オバマ温泉から帰る。途中で、幼稚園の神父さんを訪ねる

島原のオバマ温泉から帰る途中で、ブリ神父さんの幼稚園へ寄る。「サカナのブリだよ。タイで、ないよ」と言う面白い神父さんだ。「園児といっしょに写真を撮らせてください」。もちろん、魂胆があっての、お願いです。そのときの写真が、これでした。私が神父さんに、「今まで、色々勉強したり、話しを聞いたりして来たが、今、一番大切に思うことは、母から貰った教えです」と言うと、「そうだよ、そうです」と大いに共鳴してくれる。今は、11月で、死者の月だから、教会の祭壇の下に、最近,亡くなった信徒の写真を飾って、祈っている。その場所に、亡くなったポーランドの両親の写真も飾っている。「愛する両親だよ」。大切に見せてくれた。「お母さんの教えが基本です」とブリ神父さん。神父さんは幼稚園の園長をしているが、保護者や園児たちに教えている内容は、母から教えられたことだという。「神さまが、見ているよ」「善をすれば、天使は喜ぶ。天使が、金の棒で、ハシゴを作って、善が増えれば、ハシゴが天まで延びて行きます」。母の教えの根底は、選んだことなら、最後まで、ガンバリなさい」だった。間もなくクリスマス。恒例の劇は、普通は馬小屋だけだが、今度は、神さまと、アダム、エバの登場から始まるという。市民クリスマス会にも出るそうだ、見に行きたいな。

2012年11月27日火曜日

2日目。天草へ渡る。海の風は気持ちが、いい。素敵な島だよ

温泉の中日、天草へ。フェリーで鬼池に着くと、親友の男性が迎えに来ていた。終戦直後、聖母の騎士でいっしょだった。司祭になる前に、社会に戻った。彼の車に同乗して、天草の道を走る。海の風が心地よい。「神学校に残って、良かったのかのか、なあ」と私。修道士になっても、いろいろ悩みはあったからな。この道で、良かったのか。悩んだ時期もあった。特に、歳を取ってからね。それに答えて、同じ歳の彼も言った。「社会にあっても、いろいろ、あるさ。いい会社につとめ、幸せな結婚をしても、ニンゲンは変わって行く。幾ら懸命に働いても、家庭のどこか気持ちが違ってくると、ボタンが掛けはずれだよ。ハタンしてしまう。一流の会社に勤めても、家族が幸せにならなければ、「なんの、ために、はたらく、のか」。疑問だけが残り、人生は悲しいし、寂しいよ。1度きりのジンセイだからね。誰もが幸せにならなければ、意味が無い。まだまだ、やり直しも出来ると思って、新しい土地で、もう1度、頑張ってみよう。そんなハナシを延々と熱っぽく語り合った。こんなに素晴らしい天地の天草に来て、知り合いに出会うのは、ありがたい。これからも縁をつづけて行きたいと願った。フェリー乗場で、キップを買ってくれる。コートを脱いで、私にくれる。「オイ、オイ、こんなものまで、いいのかよ」「2枚、もっている。小さくなったから」。みやげに、手製の、つるし柿、カンコロ・もち、など呉れた。「ありがとうよ」。ああ、楽しい1日だった。

2012年11月26日月曜日

オバマ温泉へ。死したーの言葉と、湯に、ゆら、ゆら、葉っぱ

2泊3日で出かけます。途中で、シスターの修道院へ寄りました。畑の仕事を終えたのか、1人のシスターが姿をあらわした。黒い衣服に、アタマには、大きな円のヒサシがついた帽子を被っていた。「どこから?」と聞かれたので、「長崎の聖母の騎士の小崎です」と、はっきり言った。よく聖コルベ館でも聞くが、合格の返事は余り無い。すると、シスターが、しげ、しげと見ながら、「ああ、よかった。お元気そうね。ああ、よかった」と大いに喜びを表すではないか。ポカンとなった。温かい思いが伝わってくる。瞬間に思った。ああ、このシスターは騎士誌を読んでいるのだな。最近は、具合が良くないと書いてある。なのに、こんなにゲンキなの。「ああ、良かった。安心した」と、こうなる。それが伝わってきた。思ったね。院長さん、校長さん、偉いシスターは毎日、忙しく、ヒマもないだろう。影で、修道院を支えているシスターは1日の仕事が終わって、祈りも終わって、少々の時間がある。夜のひと時、テレビも見ないし、安価な、騎士誌を手にとって、記事を読んでいる。小崎修道士の記事も、そう大したことは書いていないが、時には面白いこともある。「心配していたんだよ」。ああ、そうだ、このようなシスターが他にも居て、読んでいるかも知れない。ありがたい。少しは、ましな事を書くようにしよう。オバマ温泉の定宿、富士屋さんに着くと、露天風呂に早速、入った。1枚のハッパが、湯に、ゆら、ゆらと、ゆれているではないか。「ろてんぶろ、浮き沈みする、もみじかな」

2012年11月25日日曜日

バッテン、ナガサキ、何とかの町。明かりも寂しくなったよ

夜は、全く、外出しないが、共同の会食があるとういうので、思案橋へ出た。以前と比べて、明かりの華やかさはない。ヒザの痛みを押さえて歩くうちに、昔のことを思い出した。その頃は、若者たちが多くて、修道院でも何かの宴があると、流行歌など歌って欲しいなど、言われた。昔のハナシだよ。流行歌といっても、最近の歌は知らないし、ある先輩は、入る前に覚えた歌を歌った。それが「バッテン、ナガサキ、恋の町」というのだった。それを、ふと歩きながら思い出した。なぜか、「バッテン、ナガサキ、恋の町」を記憶している。口ずさんでいる。その先輩も、ホームで静養して、歌も歌えぬようになった。ニンゲン、老いると、悲しいよね。先日、外国人が私に言った。漢字の「恋ネ。あれ、ダメね」「どうして?」「心が下にあるでしょ。シタ・ゴコロだよ」「なーる程」。恋だ、愛だ、といっても、所詮、不完全なニンゲンが行なうこと、いろいろ行き違いも出てくるだろうよ。やすらぐ愛、目をつぶっていても、何か、ふんわりと感じる愛が欲しいのは、誰でも、そうだろう。

2012年11月24日土曜日

皆さんから声をかけられる。ダイジョウブですか?ええ、大丈夫

金祝、銀祝に、多くの皆さんがやってくる。私も、もちろん、カオを出すわけだが、なるべく、気持ち的に、ピシャっとして、振る舞いも堂々と、歩きも、スイスイと、ゲンキな風に、装っている。私を見ると、いろいろと、声をかけられる。「入院していたの?」「ダイジョウブですか」「騎士誌を読んでいます」「会いたいでした」「カオ色はいいですね」「少しカオが、ムクンデいませんか」「〇〇の教会から来ました。前に、記事を書いてもらいました」などなど、です。やっぱり、調子が良くないようです、と言われると、こたえますね。「いいや、大丈夫ですよ。ゲンキです。いまが、調子はいいようです」なんて、答えています。心配してくれるのは、ありがたいですね。