2012年9月30日日曜日

主よ、ここに、私のソバに居られますか。大きな希望です

着物を、きちんと、着こなした女性が聖コルベ館へ来た。着物姿で旅行するなんて、珍しい。「どこから?」「北海道から」「え?あの、ホッカイドウ。その姿で?」「ハイ、いつも着物を着ています」。(こりゃ、ただ者では、ないな?)とは、胸のうち。「どうぞ資料室へ」と案内した。このとき私は、月末近くで、騎士誌の原稿の期日が迫り、記事で悩んでいた。11月号の内容は、8月、9月の入院のことで、病者の塗油を受けたこと、などなどを書こう。骨子は「苦しいときに、主は、ソバに居られましたか」。本当に、寂しかったよ。もし主が居てくださったら、何と心強い。恐れるものは、ない。現実には、満足した内容には、なっていない。そこで悩みが、迷いが、あるわけです。ところで、着物の女性ですが、しばらくして、ビデオ(8分)見せた後、興味もあって、話しかけてみた。女性は言う。「学生の頃、目にとまった本、遠藤周作さんの本に共鳴して、愛読しました」と言われて、びっくり。「え?北海道に居て、遠藤さん、ですか?」「『イエスの生涯』を読んで、最近、地元の文芸誌に、遠藤さんについて、3ヶ月、連載の記事を載せました」「えーっ。そんなに。その記事、読みたいな」「送って、差し上げます」「遠藤さんの、何に、惹かれます?」「『同伴者』と『赦し』ですね。孤独な者には、同伴者。罪を犯せば、赦し、ですね」。それ聞いて、ビッっと、きたよ。私が今、書いている原稿、「主よ、ここに居られますか」は、まさしく同伴者の存在じゃないですか。まさか、この着物の女性を迎えて、こんな話題になるとは、ね。小さな救いを得た気持ちになったのです。★作家が描いた復活のイエスは、奇跡は起こせないけれども、弱者に最後まで付き合い、一緒に苦しみ嘆く『同伴者』であった。

2012年9月29日土曜日

熱さがる。大天使ミカエルよ、ガブリエルよ。悪・熱、守り給え

1日のあいだに、言われた言葉。いろいろ、あります。神父さんから「弱音、吐くなよ。トマさんらしくないぞ」。管区長さんから「ムリは、しないでね」。看護師さんから「シスターは知っているけど、ブラザーがいるとは知らなかった」。仲間の修道士さんから「たくさん、食べなさい。食べないと、免疫力がなくなる。老人ホームの長生きは、食べる人だよ」。さて今日は、ミサのとき、三大天使を祝い、祈った。ミカエル、ガブリエル、ラファエルです。祈りつつ、(天使って、まだ見たこと、ないな?)と、ちょっぴり。でも、5世紀には、ローマで大天使ミカエルの大聖堂ができていた。ザビエル時代の宣教師たちは、日本に、聖ミカエルの信心を広めた。「それは、悪に打ち勝つ、意味があった」。平戸の教会は大天使聖ミカエルに捧げられている。ガブリエルは、天使のお告げです。おとめマリアのもとへ、神さまのお告げを伝えた。ラファエルは旧約聖書に出てくる。「そう、そう、忘れていた、ワタシの幼児洗礼の霊名は、ガブリエルだった。北朝鮮の、信者はワタシの家一軒、教会もない、そんな場所で生まれて、よくぞ、まあ、ガブリエルと付けたよ。ガブリエルはワタシの誇りだった。いまは、登明だよ。とうめいは、熱で悩んでいる。

2012年9月28日金曜日

ホンロウされるトマよ。何事があっても、ゲンキを出せ。

なんだ、変な、顔して、いるな。外食しているところです。自室にばかり居ても、体力が落ちてくる。昨日は昼間、3時間ほど外出した。食事して、(これが、その時の写真)、買い物して、帰って、しばらく休んだ。ところが目覚めると、寒気がする。夕方、熱をはかると、7度1分。「ああ、微熱や」。おかしいなあ。夜、眠る頃には、7度7分となり、夜中に、8度1分に上がるではないか。ホンロウされる我。自分でも、よく分かりません。免疫力がこんなにも低下したのか。情けなく思う。あんなにゲンキで、バリバリ働いていたのに、と悔やむ。クスリを飲んだ。これが効果があったのか。今朝は、6度5分に下がっていた。しかしミサは休みました。朝、9時すぎ、起き出して、病院へ電話をかける。問題は、あした、土曜日、日曜日とつづくことです。病院は休診です。もし尿でも出なくなると、困ります。「熱があったら、連絡しなさい」と言われている。「診察しなさい」の返事で、病院へ向かった。血液検査をする。クレアチニンは、1・3。お医者さんは言った。「どうします?入院して、点滴をしますか。クスリをもらって、自宅で療養するか?」。入院って言えませんよ。「自宅で、様子を見ます」。こうして、今、帰って来たところです。3時近くになっている。自室へ行きます。車に乗せてくれた白浜さんが言った。「トマさん、ゲンキになって、もらわんと、困るよ。訪ねて来る人も、居るかなね。この間の男性は、『登明』、何と呼ぶの?と言っていましたね」「とうめい、だよ。明は、めい、と呼ぶが、登は、とう、と呼ぶかね?」「『登校』(とう・こう)って言いますもんね」「ああ、そうか、言えるんだ」

2012年9月27日木曜日

師父聖フランシスコの祭日まえの9日間の祈りが始まっている

朝、ミサを祈った後、師父聖フランシスコの祭壇で、祭日まえの9日間の務めを果たしている。父なる聖フランシスコは、神の声を聞いた。「主人に仕える方が、いいか。下僕に使える方が、いいか」。もちろん、主人です。「教会を、建て直しなさい」。見回すと、その教会は廃屋寸前だった。よし、修復しよう。しかし神の願いの修復は、教会を立て直すことだった。聖フランシスコは、しっかり立ち上がった。選んだ道が、清貧。貧しさ。小さき兄弟になること。ご聖体を礼拝すること。司祭を尊敬すること。平和への道を進んだ。10月4日に、アシジの師父聖フランシスコの祭日を迎えます。17歳で、聖母の騎士のポーランド人修道者のなかに飛び込んだ少年は、フランシスコ会とは全く知らなかった。後で、フランシスコの貧しい生き方、動物も、水も、空も、小鳥も、兄弟、姉妹よ、と両手を広げるフランシスコに心を引かれる。アシジにも、何回も巡礼し、ある年は、10月4日の祭日も、現場のアシジの大聖堂で過ごす恵みも得た。少年は修道士になったが、当時は修道士は学問はさせない習慣だった。少年はサムエル管区長に頼んで、勉学の許可をもらった。通信教育で、6年かかって、卒業し、教育免許も取得した。通信で学ぶのは、大変な困難がある。500人ほど入学し、歴史学部の卒業は、30人程度だった。そのときの卒論が『サリンベーネの年代記』だった。フランシスコの時代に生きた修道士だが、彼が残した記録には、信仰のことの外、社会の情勢や、暮らし、政治、軍事など、興味深い記録を残した。67歳で没。今でも、なんだか自分に似ていると思っている。

2012年9月26日水曜日

秋晴れ。気持ちも晴れバレ。いつも、そうありたいよ

病院の看護師さん。胸に、ふしぎのメダイを見つけた。「カトリックじゃないが、シスターにもらった」という。「身につけておれば、お恵みがあるよ。写真、撮っても、いい?」。名札は、ポケットへ隠した。この方が、メダイが、はっきり見える。うれしいね。今日は、予約の診察日だった。今のところ、泌尿器科のお医者さんが頼り。「熱が出たり、何か、あったら、すぐ連絡をしなさい」。カラダが重たい、いろいろ有るが、説明がしにくい。歳を取るとは、こういう体調かも知れない。

2012年9月25日火曜日

活力くれた男性は、小さなヨットの海のツワモノだった

「下関から来ました。熊本でのレース、ディンギ(小さな舟・4.23m)の九州競技大会があってね。参加艇は17隻。クラスが2つに分かれて、9艇で争ったラジアル・クラスで優勝しました。母親が、もう亡くなったが、騎士誌の愛読者で、時々、自分も読んでいた。最近は、毎月、愛読している。小崎さんの記事を真っ先に読む。母親は幼児洗礼。母の父は、ビリヨン神父から教えられた。母の信仰を思うと、理屈じゃない。そのまま信じている。カトリックより他に知らない。90歳で亡くなった。小崎さんも、自分の体験じゃないですか。苦しみが生きている。戦うしか、ない。不安や、自信がなくなったら、そのとき、任せる。信仰が、ある。恐れることは、ない。自分の歴史を考えると、どう考えても、自分にとって、奇跡みたいな、恵みがある。感じられるのでは、強められる。守ってください、導いてください、ですよ。小崎さんも病気と戦っている。騎士誌を読んで分かる。特に、最近の記事は、すごい。それでも信じている。原点を見詰めている。試されている。小崎さんに、一目だけでも会いたいと、来ました。舟に乗り始めたのは、のんびり、したかった。風に乗って、いい気持ち。だが現実は厳しい海。32年になる。全国大会、世界大会も連続7回、参加した。10月、中国選手権、11月、全日本ラジアル選手権とつづく。ヨットは、部屋もある、大きな舟。帆かけ舟ですよ。いつも、ヨットのこと、考えている。修道士の小崎さんが、祈り考える、いっしょですよ」「日記に載せるからね」「恥ずかしいなあ」と言いつつ、写真に納まった。ゲンキが出た出逢いだった。

2012年9月24日月曜日

夕日を浴びて、飛ぶトンボ。けんめいに羽を震わせ、生きる

夕方、秋の陽が、庭を温かくしていた。あれ、あれ、トンボの類か、小さいな。でも、トンボの形をしている。けんめいに羽をふるわせ、夕日を浴びている。イノチだね。ひさしぶりに見たトンボよ。これから、どこへ行くのか。仲間は、いるのか。2,3羽のトンボが舞っている。しばらく立ち止まって、眺めた。今年になって、6回目の入院。思えば、大変だったよ。6回も入院すれば、さすがに、カラダが重くなり、早急に、前へ進まぬようになった。行動範囲が、狭くなった。いかなる能力になっても、一日でも、長く生かして、もらって、まだまだ何らかの、お役にたてば、それで、よい。生きている限り、希望は捨てたくない。心配して、見守ってくれる人たちが、いる。きょうは、なにか、いいことが、起こりそうな、気がする。★午前中、入院のあいだ、看護をしてくれた千草さんが来た。「その節は、お世話になったな。ありがとう」★午後に、車に、小舟を積んだ男性がやってきた。「騎士誌を読んでいる。小崎さんの記事、いいね。体験だから。この間の記事で、ブログがあるのを知った。時々、見ていますよ。ぜひ、会いたいと思って、来た。カラダ、大丈夫ですか」。彼との出逢いが、胸から突き上げる活力を与えた。「訪ねてくれて、ありがとう。日記に載せても、いいね」「ヘ、ヘ、へ。恥ずかしいな」。それでも写真に納まった。あした、紹介します。