朝、早く、まだ夜は明けない。誰も居ない一番・温泉に入って、満足して、部屋にもどって、ホッと、一息つく。この時が、幸せを感じます。こんな気持ちが、長くつづけば、いい、そう願います。でもね、やっぱり、寿命がありますからね。歳を考えます。
人間は、長く生きていると、わからんことが、1つや、2つは有るものです。ふしぎだなあ、思うことも、1つや、2つは有る。なぜ、なんだ?尿が、突然、全く出なくなった。そして1日たって、今度は、出た。今までとは違った、キレイな、見事な尿に変わった。なぜ、なんだ?別の、泌尿器科の専門医に説明を受けると、答えは「わかりません」。やっぱり、そう言われるのです。なぜか、理由が分からない。
オバマに来て、温泉に泊まって、わかることは,カラダの調子です。立ったり、座ったり、スムーズに行くか、痛いか。そして、オバマの温泉の土、自体が、105度で高温なので、夜中にカラダが、ジヮーっと温まるんですね。定宿『富士屋』さんに通って、7年。部屋は、いつも同じ202室。
幸せは、いつまでも、つづくよう、願います。
長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2012年3月7日水曜日
2012年3月6日火曜日
島原・オバマ温泉・湯とう冶へ。体力、つくりです
★加筆しました。1月分。緊急・入院をした日にち。1月28日(土)、29日(日)、30日(月)、31日(火)の4日分です。尿管結石で尿が出なくなり、心配しました。バイパス手術で一応、解決しました。その分、くわしく記録しました。
島原半島のオバマ温泉へ。定宿の『富士屋』さんへ。この度は、軽の運転は用心して行なわない。親友が連れて行き、また帰りも引き受けてくれる。私にとって、オバマへ行くことは、「イノチをつないだ」ことになる。オバマは海沿いの温泉で、暖かい場所です。「寒さに、気をつける」「カゼを引かない」「暖かい所に、居る」最も適した場所です。尿が出ない。大変な経験をしました。生きるか、終るかの瀬戸際でした。大げさじゃありません。ああ、また行けるか。晴れ晴れした気持ちです。毎日、日記を読んで、安否を気遣ってくださる皆さんにもお礼を申します。急激に発症し、イノチの戦いでしたが、私にとっては痛い痕跡を残しました。これからのカラダの契機は、神のみ旨にお任せします。3月に入り、84歳になって、なんだか心象が落ち着きました。
島原半島のオバマ温泉へ。定宿の『富士屋』さんへ。この度は、軽の運転は用心して行なわない。親友が連れて行き、また帰りも引き受けてくれる。私にとって、オバマへ行くことは、「イノチをつないだ」ことになる。オバマは海沿いの温泉で、暖かい場所です。「寒さに、気をつける」「カゼを引かない」「暖かい所に、居る」最も適した場所です。尿が出ない。大変な経験をしました。生きるか、終るかの瀬戸際でした。大げさじゃありません。ああ、また行けるか。晴れ晴れした気持ちです。毎日、日記を読んで、安否を気遣ってくださる皆さんにもお礼を申します。急激に発症し、イノチの戦いでしたが、私にとっては痛い痕跡を残しました。これからのカラダの契機は、神のみ旨にお任せします。3月に入り、84歳になって、なんだか心象が落ち着きました。
2012年3月5日月曜日
退院後、予約の診察日。体調は、どうですか?
入院中、治療の点滴が終ったのが、金曜日だった。あれから10日経っている。今、あまりにも尿がキレイになったのに、おどろいている。入院前と全く異なる。尿がキレイだと、心も、スッキリ、落ち着きもある。ファイトも湧く。ニンゲンって、現実的なものだと思う。この度は「急性・腎盂腎炎」の恐ろしさを、特に身に浸みて感じた。尿が出なくなる。大変なことだ。20時間の不安。腎機能が低下する。アウトだ。だが、助けられた。救われた。
病院・玄関を出るとき、庭のアシジの聖フランシスコの白いご像を、まじまじと見た。「生きて行くチカラを、もらいました。ありがとう」。それしか言えない。聖フランシスコは私の背後に、何を語るか?「あなたは、祈る人ですか?ひとりで、祈る人ですか?あなたの生き方は、ホンモノです」。そんな声が、聞こえてくる。「ひとりじゃ、祈って、おらんなあ、まだ、まだ・・・」
病院・玄関を出るとき、庭のアシジの聖フランシスコの白いご像を、まじまじと見た。「生きて行くチカラを、もらいました。ありがとう」。それしか言えない。聖フランシスコは私の背後に、何を語るか?「あなたは、祈る人ですか?ひとりで、祈る人ですか?あなたの生き方は、ホンモノです」。そんな声が、聞こえてくる。「ひとりじゃ、祈って、おらんなあ、まだ、まだ・・・」
2012年3月4日日曜日
入院・余談。2人部屋。私の話、なぜ、はずまない?
写真は、この2月、入院していた病室の窓から見た風景です。結構な建物の間に、病院は建っています。私は2人部屋。最初は誰も居なかった。看護師さんが「窓の方が、いいですか。それとも入口?」。私はトイレが近い入口のベッドを選んだ。すぐ隣にも患者さんが入った。私は入口だから、この窓からの景色も殆ど見なかった。同じ部屋に2人の患者が居て、気が付いたことがある。日に何度も、看護師さんが検温や、点滴や、処置に来るのだが、窓の患者は私よりも若い男性なのに、看護師との話がはずむ。笑い、息がつながる。私は、というと、用件だけ、やり取りして簡単に話は終る。「どうもヘンだ。なぜ、だろう?」と考えた。私の持つ雰囲気が寄せ付けないのか。隣のテンポは、ゆっくり話す。世間なれも、している。私は、というと、「ポン、ポン」と応対して、「ハイ、それで終わり」。ダメだよね。人間の性格によるものなのか、「今さら、変えよ」と言ってもねえ。もう少し、人間に、話に、幅を持たせたいと、今でも、思っている次第です。
2012年3月3日土曜日
入院・余談。倒れた日の、少年たちの思い出
1月、2月と、2度の入院は大変でした。でも、ゲンキになって、よかったです。沢山のお祈り、お心遣い、ありがとう。それにしても思い出すのは、倒れた日の出来事です。やっぱり、忘れません。でも、それが原因で倒れたわけではありません。この日の午後、東京の、有名・私立小学生たち、120人に、原爆、平和の話をしました。久しぶりの、市内の会場で、原爆から、アウシュヴィッツ、コルベ神父の話と燃えましたよ。1時間の話です。だから、もしも排尿がしたくなったらと、実は、ね。「オシメ」をしていたんです。ところが全然、尿が出ない。この辺ですよ、おかしいなあ、の疑問です。その夜だった。とうとう尿が全く出なくなった。受難の始まりです。
今日、私がこの記事を書いたのは、実は、120人の児童に語った後で、ただ1人だけ、お礼の手紙が来たことです。秀昴(しゅう・こう)くんという少年です。嬉しいじゃないですか。小学生とは思えない、しっかりした文章で、きれいな字で書かれていた。「小崎サンの話を聞いて、生きる本当の意味は何だろうかと、頭にのしかかるテーマだと思いました」。小学生が、生きる意味だって、負けるよ。熱心に語れば、腕白少年だって、心に痕跡を残すんですね。それだけで満足です。それにしても、この小学校の半ズボンには、いつも参るよ。この小学校には、長崎・修学旅行の際、もう10年来、話しつづけている次第です。下の写真は代表が聖歌を歌っている場面です。ウインの少年合唱団並みの美声でした。
今日、私がこの記事を書いたのは、実は、120人の児童に語った後で、ただ1人だけ、お礼の手紙が来たことです。秀昴(しゅう・こう)くんという少年です。嬉しいじゃないですか。小学生とは思えない、しっかりした文章で、きれいな字で書かれていた。「小崎サンの話を聞いて、生きる本当の意味は何だろうかと、頭にのしかかるテーマだと思いました」。小学生が、生きる意味だって、負けるよ。熱心に語れば、腕白少年だって、心に痕跡を残すんですね。それだけで満足です。それにしても、この小学校の半ズボンには、いつも参るよ。この小学校には、長崎・修学旅行の際、もう10年来、話しつづけている次第です。下の写真は代表が聖歌を歌っている場面です。ウインの少年合唱団並みの美声でした。
2012年3月2日金曜日
ポーランド・聖女シスター・ファウスティナのコンタツ
「ありゃ、これ、なんね?」。病院に見舞いに来た、「いそがしか、ケン」の女性が持っていたコンタツです。昨日の誕生会にも、持ってきた。イエスさまの御胸から、アカと青の光が出て、シスター・ファウティナに「神の慈しみへの祈りの花束」を唱えなさい、と言われた。コンタツも、赤と、青の色玉に分かれている。
「祈り方は?」。①主の祈り1回、アヴェ・マリア1回、信仰宣言1回。②「永遠の父よ、私たちと全世界のすべての罪の贖いのために、あなたの最愛の子、私たちの主、イエス・キリストの御体と御血、ご霊魂と神性をみ前にささげます」(1回)。③「イエスの大いなる受難によって、私たちと全世界に慈しみを注いでください」(10回)。・・・②と③を5回唱える。最後、締めくくりに、④「聖なる神、聖なる全能の神、聖なる永遠の神よ、私たちと、全世界をあわれんでください」(3回)。これを、この女性は唱えているというのです。「隠れた所で、信心しているんだね」「あら、イヤだ。小崎サンが、ポーランド・チェコ旅行に連れて行ってくれたとき(2004年10月だった)、聖女シスター・ファウスティナの巡礼地に行ったじゃないですか」「ああ、そう、そう、ポーランドのクラクフの南にあったね」。シスター・ファウスティナ(1905-1938)は、2000年、大聖年に、ヨハネ・パウロ2世から聖女に挙げられた。行動するだけじゃなく、祈らんとダメだね。
「祈り方は?」。①主の祈り1回、アヴェ・マリア1回、信仰宣言1回。②「永遠の父よ、私たちと全世界のすべての罪の贖いのために、あなたの最愛の子、私たちの主、イエス・キリストの御体と御血、ご霊魂と神性をみ前にささげます」(1回)。③「イエスの大いなる受難によって、私たちと全世界に慈しみを注いでください」(10回)。・・・②と③を5回唱える。最後、締めくくりに、④「聖なる神、聖なる全能の神、聖なる永遠の神よ、私たちと、全世界をあわれんでください」(3回)。これを、この女性は唱えているというのです。「隠れた所で、信心しているんだね」「あら、イヤだ。小崎サンが、ポーランド・チェコ旅行に連れて行ってくれたとき(2004年10月だった)、聖女シスター・ファウスティナの巡礼地に行ったじゃないですか」「ああ、そう、そう、ポーランドのクラクフの南にあったね」。シスター・ファウスティナ(1905-1938)は、2000年、大聖年に、ヨハネ・パウロ2世から聖女に挙げられた。行動するだけじゃなく、祈らんとダメだね。
2012年3月1日木曜日
84歳の誕生日。1軒のお宅で祝ってくれる
「歳をとるって、嬉しいんですよね。なぜか、と言うと、この年まで生かせてもらった喜びですよ」。昼食時に、元・高校の女性先生のお宅におじゃましました。写っていないが、集まったのは、7人です。このメンバーで、今年で、8年目ですよ。誕生日を祝ってくれるのです。ありがたいですね。「継続は、チカラなり」ですよ。「小崎サンの人徳のおかげよ」と言うけれど、「そうか、なあ」。ポーランド・チェコ旅行や、長崎の電車(どこまで乗っても、120円)の話など、2時間半ですよ。盛り上がりました。健康って、いいな。私の右隣が、入院のとき、見舞いに来て、「いそがしか、モン」と言った女性です。ホントウに、今日は楽しい日でした。
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